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現代社会をシミュレーションした小説を書いております。
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編集者前書き
 今回、9.5話から12話まで大幅に話を統合しました。
 若干読みにくくなっていますがご了解ください。CP9の実態をこのように描いてもらいましたが、この種の愚か者はいませんか?

1
 
「ダーッハッハッハ!!笑いが止まらねぇぜ!」 
 ここはゼーラ帝国にあるCP9製薬本社の会議室。社長のスパンダムは重役達を前に大笑いしている。 
「社長、うまくいきましたな」
と常務のロブ・ルッチ。 
「全くじゃ、我々に手を差しのべてくれたマードック社に感謝しないとのう」 
と第一営業部長のカク。 
「ああ、その通りだ!これで壬生国に進出できるばかりかつばさ製薬すら規模を超える事ができる。リブゲート様々ってわけだ。ダーハッハッハ!」 
 サウザー達との会食の時に『新時代出版社』のオルバからマードック社のロンを紹介してもらったのを期にとんとん拍子でリブゲートと提携できたのだからスパンダムは機嫌がいい。 
「よーし!今夜はここにいるお前らとパーッとやるか。ついでに今月の給料にボーナスもつけてやる。ありがたく思え!!」 
「イヤー、気前いいですなぁ社長」 
と追従する第二営業部長のジャブラ。 
「ヨヨイ!あ、ここまで~してくれる~社長は~貴方だけ~」 
 広報部部長のクマドリもゴマをする。彼は歌舞伎が好きで顔に化粧をし、喋り方まで歌舞伎調である。 
「長ぇんだよ!お前の喋り方!普通に喋れんのか!」
「うるさいぞ、ジャブラ。お前も静かに言えんのか」 
 クマドリに怒鳴ったジャブラにルッチが静かな口調で言う。言われたジャブラはルッチを睨み返す、この二人は相性が悪く特にジャブラはルッチが常務になったことが面白くなく、妬んでいる。 
「おい、お前らそのぐらいにしろ。ところでジャブラ、お前のところの営業成績はカクのところより悪いぞ」
「申し訳ありません。部下を叱咤して成績を上げようと努力してますが…」 
「フン、まあいい。今日はそれ以上言わないでおく。俺は今、機嫌がいいからな。その代わり部下共を売上げに貢献させろ、分かったな!?」 
「はい、勿論です」
「ブルーノ」 
「はい」 
 スパンダムに呼ばれた開発部部長のブルーノが立ち上がる。目つきはトロンとしており、髪型は牛の角が生えているようだ。 
「新薬の開発はどうなってる?」 
「今のところは順調です。例の薬も第二段階に入っています」 
「そうか、資金が足りなきゃ、遠慮なく俺に言え。じゃんじゃんつぎ込んでやる」 
「ありがとうございます」 
 ブルーノは慇懃に頭を下げて礼を言う。 
「よし、会議はここまでだ。カリファ、今夜の予定に飲み会入れておけ。そうだな、いい料理屋を探して予約入れておけ」 
 スパンダムは秘書のカリファに言う。 
「かしこまりました」 
 重役達が会議室を出て行こうとすると 
「ああ、ジャブラ待て。ちょっとこっち来い」 
 とジャブラを近くによび寄せ耳打ちで何かを言う。聞いていたジャブラはニヤニヤして 
「分かりました。早速探してみます。社長もお好きですねぇ」 
「ああ、そういうことだ。頼んだぞ」 
 スパンダムもニヤニヤしていたのを見ていたカリファが一言言う。
「社長」 
「ん、なんだ?」 
「それ、セクハラです」 
「おい!俺は何もしてねぇぞ!!」 
「存在自体がです」
「ウォイ!!いいから俺の言ってた事をやれ!!」 
 スパンダムは思わず怒鳴った。
 
 
「やれやれ、あれで会議かい。ただ社長がパフォーマンスしたいだけじゃねぇか」 
 ジャブラは第二営業部の事務室でぼやく。確かに彼の言うとおり、この会社は会議らしい会議はやった事はない。むしろ、スパンダムの独断場だ。 
「おい、フクロウ」
 ジャブラは自分の部下である課長のフクロウを呼んだ。 
「チャパパパパー、何かご用ですか?」 
 フクロウがとんでくる。この男の口は何故かチャックのようである。 
「先日のプラン、第一営業部に先を越されたぞ。ありゃどういう事だ!?」 
「チャパパパー、第一営業部に漏れましたー」 
「何だって!会議まで秘密にしとけと言っただろうが!」 
「喋っちゃいましたー」
「バカヤローッ!!だからいつまでたってもカクの野郎に先越されるんだよ!!ベラベラ喋るんじゃねぇー!!くそっ!これじゃルッチにバカにされるわ、昇進も遅れるわ、最悪だ…」 
 ジャブラは頭を抱えた。
 
 一方、第一営業部ではカクが課長のモーガンを呼んで話をしている。このモーガンという男、部下を奴隷のようにこき使う事で有名であり、社員の何人かが精神的に参ってしまったり、退職している。 
「…そういうわけでじゃ、君の叱咤激励のおかげで成績がいいと社長からお言葉じゃ」
「は、ありがとうございます」 
「この調子で成績を上げ続けてくれ」 
「はい、部下共を徹底的にしごいてやります」 
 モーガンは腕をさすった。
 
 モーガンは自分の机に戻ると三人の社員を呼んだ。 
「おい、お前ら」 
「はい」 
「さっき部長から呼ばれてこの部は成績がいいと言われたぞ」 
 三人はホッとする、が… 
「しかしだ、その中でお前らの成績が一番悪い」 
「……」 
「どういう事だ、えっ!!」 
 モーガンが机をドンと叩いたので、三人はビクッとして直立不動になった。 
「コビー!!」 
「は、はい!」
「お前は取引先で何をやっているんだ、ん~?」 
「…そ、それは…」
「『それは』じゃねぇ!!お前はたるんでるぞ!!もっとねばって契約取ってこい!!」 
「は、はい!」 
「ヘルメッポ!」 
「はい!」 
「お前もだ!お前のような役立たずをおいてやってるのは何故か分かるか?」 
「……」 
「黙っているのが能か!!お前は!!」 
「す、すみませんっ!」 
(チクショーッ!!親父の奴、人を散々こき使ってるくせにこの上まだこき使うのかよ~!!) 
 ヘルメッポはモーガンの息子だけに父親が抗議に耳を貸さない事を知っている。抗議しようものなら左遷かクビである。 
「ウソップ!!」
「は、はい~!!」 
「お前もだ!!これっぽちか!?お前の業績は!!」 
「そ、そんな事言われましても…今、我が社の風当たりが…」
「それをどうするかがお前らの仕事だろうが!!お前らのその足りない脳みそをフルに使ってでも契約取って来い!!いいな!ノルマを達成するまで休みを返上する覚悟でやれ!!」 
「は、はい…」 
「返事が低い!!!」 
「は、はい!!」 
(そんな~) 
 三人は机に戻りながら意気消沈した。 

 
 この会社には『庶務課』と呼ばれている部所がある。ここでは単なる雑務だけやらされているだけで会議にさえ呼ばれない。スパンダム達幹部はこの課を『お荷物課』と呼んでいる。 
「スモーカー課長、私達いつまでここにいるのでしょうか?」 
 この課に配属されているタシギ係長が上司のスモーカーに訊く。 
「知るか、んな事。あいつらは俺達の事をお荷物と思ってるんだ。ま、むしろここの方が気楽だぜ。特に営業部は社員がこき使われてるからな」 
 スモーカーは葉巻をくわえ、ジェンガをやりながら答える。彼は気骨ある性格でCP9創立当時から上層部のやり方に不満があった、その為しばしばスパンダムに直接抗議もしたのでこの庶務課に左遷されたのだった。しかしその性格が会社内の社員から慕われている。 
「ったくあのバカ共め、いつまで世間を騙してりゃ気が済むんだ。このままじゃ間違いなく倒産するぞ」 
「課長!滅多な事言わないほうがいいですよ。この前だってそんな事言って、いびられたではありませんか」 
「だから何だ、ほっとけ。それより気になるのは…」 
「リブゲートとの提携の事ですね」 
 タシギの声が小さくなる。 
「タシギ」 
「はい」 
「眼鏡かけろ、自分の椅子に囁いてどうする」 
「あ!す、すみません」 
 彼女は眼鏡を上に上げていたのだった。彼女は近眼なのにこういう癖をよくやる。 
「で課長…」 
「ああ、リブゲートの件だろ。何であそこと提携しやがるんだ、利用されてポイ捨てされるのは確実だぞ」 
「ホントですね。他の社員達が路頭に迷いますよ」 
「そういうことだ。タシギ、例の資料の方は集まっているか?」 
「はい、私も課長の忠告どおり幹部達に気付かれないよう慎重に集めてます。何せこの会社に不満を持つ人は多いですから」 
「よし、ただその味方の一部から漏れないようにな」 
「大丈夫です。私もその都度、口止をお願いしてますから」 
「だが油断は出来ねぇぞ」 
「はい」 
 実はこの二人、内部告発を画策しているのだった。その為、あらゆる部所から不正の証拠を探し、世間に公表しようとしているのだった…。 
 
 
2
 
「では、行ってきます」 
 ここは塔和大学近くにある柳沢良則教授の自宅。彼はいつもの時間に家を出て大学に向かう。 
「お父さん、ホントきっちりの時間に出るわねぇ。近道あるのに」 
「フフッ世津子、いつも言ってるでしょう。お父さんは各駅停車なんだって」 
 家の中で柳沢の妻の正子と末娘の世津子が話している。 
「あっ、いっけない!恩田君のところ寄るんだっけ。お母さん、私もう行くね」 
「あら、世津子も行くの?早いわねぇ」 
「うん、ここ最近恩田君が大学に来ないのよ。心配だから寄ろうと思って」 
「あら、彼来てないの?大学に」 
「そうなの、だからアパートへ行って様子見てから大学に行く事にしたから。行ってきまーす」 
「いってらっしゃい」 
 正子は世津子を見送る、しかしこの後世津子が恋人の恩田ヒロミツのアパートへ行った事で塔和大学の学長選考会が大揺れに揺れる事に柳沢家の誰もが知る由もなかった…。

 
「おはようございます、柳沢教授」 
「おはようございます」 
 大学の校門前で柳沢はビアスに会う。 
「いつも時間どおりに来られますなぁ、さすが『日本のイマヌエル・カント』と言われるだけある」 
「えぇ、日課ですから」 
「ところでいよいよ学長選考会ですなぁ」 
「そうですねぇ、お手やわらかに」 
 二人は校門をくぐった。 
 
 研究室に入ると准教授の吉田輝明が待っていた。 
「おはようございます、教授。今、木之本教授にお会いしまして教授と学長選考会についてお話ししたいとの事です」 
「木之本君が?例の事ですか?」 
「はい。このままビアス氏が学長になってしまうとなると…」 
「吉田君、それは推薦する人達次第ですよ」 
「ですけれど私は教授、貴方になっていただいたならこの大学は安定すると思っております」 
「ハハハ、吉田君。それは買いかぶり過ぎですよ」 
「教授!私は大真面目に言っているのですよ!ただでさえビアス氏は買収疑惑があるというのに…。とにかく私は絶対教授を推しますので」 
「分かりました。で木之本君との話し合いですけど…そうですねぇ…」 
 柳沢は鞄から手帳を出してページをめくると内線を掛けた。 
「木之本君ですか、柳沢です。君との話し合いですけれど、私は十時から講義がありますのでそうですね…十一時半頃にしませんか?…あ、君も空いている。丁度よかった、ではその時間帯でお願いします」 

 
 少し時間を戻して…。
 
 世津子は恩田が住むアパートに着いた。 
(恩田君、どうしちゃったのかな?風邪でもひいたのかな?ここ最近連絡も無いし…) 
 世津子は恩田のいる部屋に行き、チャイムを押した。しかし、何の返事も無い。 
「恩田君!世津子だけどいるの?返事して!」 
「うるさいな!どうかしたの?」 
 隣から人が出てきたので世津子は尋ねた。 
「ごめんなさいお騒がせして。あの失礼ですけれどこの部屋の方は留守かどうかご存知ありませんか?」 
 すると住民はむっとした表情になった。 
「いるよ。アンタ、そこの人の知り合い?」 
「はい、そうですけれど」 
「だったらそこの人に言ってくれない?夜中に大声は出すわ、部屋の中で暴れるわでうるさいんだよ。大家さんに言おうと思ってたところなんだ」 
「えっ!?どういう事ですか?いつ頃からですか?」 
「そうだな、一週間前くらいかな」 
 その時、部屋の中から「ウガーッ!!」と奇声が聞こえた。 
「恩田君!?恩田君なの?」 
 世津子はドアを開けようとするが鍵が閉まっていて開かない。今度はドタバタと暴れる音がした。 
「また始まったよ!ちょっといい加減にしろよ!」 
「恩田君!どうしたのよ!大丈夫なの!?すみませんが大家さん呼んでもらえませんか!?」 
 世津子は隣の人に大家を呼んでもらうよう頼んだ。しばらくして大家が来たので鍵を開けてもらい、ドアを開けると…。そこには凄惨な光景と変わり果てた恩田の姿があった…。 

 
 話を塔和大学に戻して…。

 柳沢は午前の講義を終わり、研究室で考古学教授の木之本藤孝に会っていた。勿論、吉田准教授もそこにいる。 
「…そうですか、私が先日つけた男はCP9の部長だったのですか」 
「恐らく、吉田君が言っていた通り、学長選考での票の買収でしょう。拳志郎君も同じ事を言ってましたよ」 
「私の言った通りではありませんか!このままではビアス氏の不正行為がまかり通ってしまいます」 
「しかし…、それを示す証拠がありません」 
「教授、私なら証人になれます」 
「吉田准教授がですか?」 
 藤孝が怪訝な顔をする。 
「はい!実は私、CP9の社員が他の教授に金を渡すところを見たんですよ」 
「いつですか?」 
「一週間前ですよ。場所は確か…」 
 その時、研究室の前で人が走る音がし、ドアがバタンと開いた。三人が振り向くと世津子が今にも泣きそうな顔で立っていた。 
 
「…世津子?」 
 柳沢が娘に声を掛けると 
「お…お父さん…ウワーッ!!」 
 と世津子は泣き崩れた。 
「世津子さん!」 
「お嬢さん!一体何があったのですか!?」 
「世津子、どうしたのです!?そんなところで泣いてないでこっちへ来て座りなさい」 
 柳沢達は世津子をソファに座らせると机に置いてあったカップにコーヒーを注ぎ、彼女に渡した。 
「世津子、さぁこれを飲んで落ち着きなさい。もう泣くのはやめてお父さんに何があったのか話しなさい」 
 柳沢は世津子に優しく言った。彼女はコーヒーを飲みながらしばらく嗚咽していたがやがて落ち着いてくるとゆっくりと喋り始めた。 
「お、お父さん…恩田君が…恩田君が…」
 
「な!何ですって!?恩田君が!?」 
 三人は驚愕した、何と恩田が麻薬を使用していたというのである。世津子が彼のアパートに行った時には彼は禁断症状に陥っていた。 
「何という事だ!この大学の生徒が麻薬を使用していたとは…」 
「柳沢教授!これはとんでもないスキャンダルに発展してしまいます!」 
「いや木之本教授、この事は警察が来る筈ですからビアス氏はもう知ってるはずです!それに…」 
「それに…何です?」 
「『新時代出版社』ですよ!このスキャンダルにはまず飛び付きます。何せ…」 
「…!『元斗会』!!忘れていました!遅かれ早かれあの会を通じてこの事は広まります!となると…」 
「お…父さん?」 
「まさか教授…いけません!!それだけは!」 
「しかし吉田君、今はこれしか方法がありません」 
「辞退なされるのですか…学長候補を…」 
「致し方ありません。例えどういう理由にせよ責任は取らねばなりません」 
「お父さん…ごめんなさい、私の為に…」 
「お嬢さんのせいではありません」 
「そうですよ、世津子さん。貴方のお父さんは親として当然の事をしているのです」 
 吉田と藤孝は世津子を慰める。柳沢は内線を掛けた、無論ビアスのところへ…。 
「もしもし柳沢です。大至急話したい事があります。今からそちらに伺いますがよろしいですか?」 
 
「ほう、学長候補をご辞退なされると…」 
「ええ。今、君に話したとおり私は今回の件で責任を取らせていただきます。この事は執行部にも報告するつもりです」 
「分かりました、それにしても残念です。我が校の生徒が麻薬を使用しているとは…」 
 ビアスは沈痛な面持ちで言う。 
「全くです、私もこのような事態になってしまった事を悔んでおります」 
「貴方のお嬢さんはショックだったでしょう」 
「えぇ、娘は恩田君と付き合っていましたから」 
「警察には…」 
「呼んで話したそうです。これから私も行こうと思います。今後の事も考えなければなりません。それでは失礼します」 
 柳沢はビアスの研究室を出て行く。その後ろ姿を見送りながらビアスはニヤッと口元を歪ませた。ドアが閉まると彼は不敵に笑いながら言った。 
「フフフ…。バカめ、うまくいったわ」 
 それから携帯電話でどこかに掛ける。 
「私だ…。ご苦労だった、うまくいったぞ。報酬か?安心したまえ、今夜渡そう」 
 
「教授、これからどうされるおつもりで?」 
「そうですね…。警察には行きましょう。恩田君が心配です、それにこの事を家族で話し合おうと思います」 
「柳沢教授、私も吉田准教授と共に伺ってもよろしいでしょうか?」 
「是非お願いします」 
「お父さん、拳志郎さんにも話そうよ。きっと力になってくれるわよ」 
「そうですね。彼ならこの事を冷静に取り上げてくれる筈です」 
「私も娘に話してみます」 
「木之本教授のお嬢さんにですか?」 
「ええ、裏事情を得る人を知ってますから」 
 こうして塔和大学の学長はビアスに自動的に決まり、柳沢達は今後の対策を話し合う事となった…。 
 
 
3
 
 塔和大学で生徒の麻薬中毒が発覚した頃『黄色い馬』は日本連合国中に出回っていた。それはこの国の北にあるアイヌモシリ共和国とて例外ではなかった…。

 
 アイヌモシリ共和国、かつては本州の人々から『蝦夷』と呼ばれた所である。
 そこでは江戸時代前まではアイヌ民族が平和に暮らしていたが江戸時代前半から侵略が始まり、その度にシャクシャインやコシャマインなる人物が立ち上がって抵抗したものの謀殺され弾圧を受けた。明治時代になってから完全に日本の一部『北海道』として取り込まれ、アイヌ民族は偏見に追われた。
 しかし連合国となった今、彼らは自治を約束され民族の誇りと独立を取り戻す事ができたのであった。

 
「見ろよ、ティファ。函館の町だぜ」 
「ホント、素敵」 
 ここは函館にある五稜郭。
 この江戸末期に造られた城にガロード・ランとティファ・アディールのカップルが城郭から町を眺めていた。ガロードは資産家であるドン・ドルネロの養子にして考古学者インディ・ジョーンズの助手、ティファは国連事務総長であるジャミル・ニートの養女である。ここへ来たのはガロードの師であるインディが大学の特別講義に招かれたからであり、この日は休日である事からつかの間のデートを楽しんでいた。
 この後、災難が降りかかろうとはこの時の二人は知る由もなかった。 
 
「痛ぇーっ!!痛ぇーよーっ!!馬ーっ、黄色い馬寄越せーっ!!」 
 五稜郭入り口近くの駐車場で二メートルを越す太った巨漢が暴れている。頭ははげ頭であり、そこにはハートの刺青がある。不幸にもガロードとティファの二人は巨漢が暴れている所に出くわしてしまった。 
「な、何だ!?あのおっさん」 
「ガロード、どうやら麻薬中毒みたいよ。あの人」 
「やべぇ!こっちに来る。逃げよう、ティファ!!」 
 二人は逃げる、が 
「痛ぇーっ!!痛ぇーよーっ!!」 
 と二人に気付いたのか巨漢が追ってくる。 
「マジかよ!追ってきやがる!」 
「このままじゃ追いつかれるわ」 
「くそーっ!こうなったら!」 
「ガロード、ダメよ!相手は巨漢よ、勝てないわよ」 
「いいから先に逃げろティファ!!何とか食い止める!!」 
 ガロードが巨漢を食い止める覚悟をしたその時だった、 
「発射!!」 
 という声と共に巨漢に向かって網がいくつか架けられた。それでも暴れる巨漢に今度は網に電流が流される。 
 「ぐわーっ!!痛ぇーっ!!痛ぇーよっ!!」 
 巨漢は尚暴れる。二人は呆然と立っていた。 
 
「くそーっ!しぶといな、あのデブ!」 
「トレーラーよりシグナーへ、あれを使う時がきた。車をあの巨漢の前に出して照射してくれ」 
「シグナー了解、まかせて!」 
「ちょっと待った!センちゃん、民間人二名いるよ。あの二人をどかさないと」 
「トレーラーよりマーズとジュピターへ、民間人二名が巨漢の前にいる。彼らを安全な場所に避難させて」 
「了解!おい、そこのお二人さん!危ないから下がってくれ」 
「あ、は、はい」 
 二人は防弾チョッキとヘルメットに身を包んだ男達に誘導された。 
「よし、マーズよりトレーラーへ。民間人避難完了。いつでもOKだ!」 
「トレーラー了解。聞いたね、ウメコちゃん。やってくれ!」 
「シグナー了解!いくわよ~!」 
  巨漢の前に一台の車が止まる。その上にはパラボラアンテナがあり、巨漢に先を向けている。 
「照射!」 
 運転手が車内のボタンを押すと音波が発射される。この音波は一定の範囲内では人間に不快な音波が聞こえるのだ。しばらくすると巨漢はおとなしくなった。 
「シグナーよりみんなへ。成功よ!あの男、おとなしくなったわ」 
「マーズ了解。だがまだ油断するな。麻酔弾打って眠らせてから拘束するぞ」 
「ストライカー了解。手こずったなあ」 
「おい、お二人さん。怪我はないか?」 
「え、ええ。ありがとうございます」 
 暴れる巨漢を拘束し、ガロードとティファを救出した彼らは日本連合警察軍特殊強化部隊、通称『特強』である。 
 
「師匠!」 
「おお、二人とも無事か!」 
「はい!」 
 ここは函館の警察署。ガロードとティファはここで事件を聞いて駆けつけたインディと会っていた。 
「いやあ、危なかったっすよ。もうだめかと思った」 
「ティファを守ろうとしたそうじゃないか」 
「当然だぜ、師匠。男として当たり前だからな」 
「ガロード・・・」 
 と三人が話しているところへ 
「あの~ちょっとよろしいですか?」 
 と二人の男女が話しかけてきた。五稜郭近くの駐車場で巨漢を拘束した『特強』の隊員だ。 
「何か?」 
「そこのお二人さんにお訊きしたいことがあります。申し訳ありませんが部屋までご足労願えますか?」 
「あ、ああ、いいですよ」 
「それじゃ師匠」 
「うん、行ってこい。俺はホテルに戻る」 
「あ、すみません」 
「まだ何か?」 
「もしかして、貴方あの有名なインディ・ジョーンズ先生では?」 
「そうですが」 
「えーっ、うっそー!感激!本物に会うなんて初めて!」 
「おい、ウメコ!感激してないで仕事だ!仕事!」 
「は~い、分かってますよ。北条さん」 
 二人の隊員『ウメコ』と『北条』はガロードとティファを面会室に連れて行った。 
 
「・・・で、たまたま出くわしちゃったわけ?」 
「ええ、そうです」 
「その時、何か気付いたことはありませんか?何でもいいんです」 
「そういえば、あの男『黄色い馬寄越せ!』って言ってたなぁ」 
「なるほど、他には何かありませんでしたか?」 
「う~ん、特には・・・」 
「そうですか・・・」 
「なあ、どうやら手がかりは無さそうだな」 
「そうだな」 
「あの~俺達は」 
「もういいですよ。ご協力感謝します」 
「帰ってもいいですか?」 
「ええ勿論です。バン、この二人を送って行け」 
「あいよ、北条さん。真也行くぜ」 
「あいよ。それじゃ、お二人さんどうぞ」 
  『バン』と『真也』と呼ばれた隊員は二人を宿泊先のホテルまで送って行った。 

 
「・・・そうか、手がかり無しか」 
「はい、キャップ。拘束した奴も『黄色い馬寄越せ』としか言っていなかったそうで」 
「ふむ、またしても『黄色い馬』か・・・」 
「キャップ、彼らへの今後の指示は?」 
「よし、バンと北条それにホージーの三人は引き続きアイヌモシリで捜査するように言え。後の隊員は拘束した男を連れてくるよう」 
「了解」 
 ここは東京にある日本連合警察庁内にある『特強』本部。
 ここの本部長である織田久義警視正は困った顔をした。最近流行の『黄色い馬』の出所を突き止めようと麻薬中毒者(ジャンキー)や麻薬の売人を捕まえて彼らから手がかりをえようとしているのだが全くつかめない有様だからだ。 
「上杉君、他の所はどうだ」 
「ナイトファイヤーより連絡がありました。高知でブレイバー・ジャンヌと共にジャンキーを数名拘束した模様。しかし、ルートが掴めないそうです」 
  オペレーターの上杉智子が答える。彼女のコードネームは『ビーナス』だ。 
「そうか。ジャスミン君、高知へ飛んでくれないか?西尾君と交代だ。香川君には引き続き、高知で捜査するように」 
「わかりました。キャップ」 
  『ジャスミン』こと礼紋茉莉香が答える。彼女は『アーマー』というコードネームだ。この『特強』には各隊員にコードネームがつけられている。ちなみに一部の隊員には愛称もある。 
「しっかし、ここまであの『黄色い馬』が蔓延しているとは・・・」 
「テツ君、それだけ人間というものは快楽志向に走るものかもしれんなぁ」 
「そうですね、我々も気をつけないと」 
「どうかね?状況は」 
「!警視監!」 
 『特強』本部に現れた正木俊介警視監に向かって本部にいた全員が敬礼する。この正木警視監こそ、『特強』の創立者であり、十年前はその前進となる『特別救急警察部隊ソルブレイン』の本部長であった男だ。 
「全員、なおってくれ」 
「はい!」 
「織田君、麻薬の出所は?」 
「それが全く掴めません。昨日、麻薬の売人を捕らえましたが口の中に毒薬を仕込んであって連行中に自殺してしまいました」 
「その件は聞いている、敵はかなり巧妙だな。『ゴリラ』とも話し合ってきたのだが彼らも『黄色い馬』の捜索に当たっているそうだがあちらも掴めないらしい」 
 『ゴリラ』とは警視庁特別捜査第一班のことである。 
「そうですか・・・」 
「あの、警視監」 
「何かね?上杉君」 
「これはあくまで想像ですがもしかすると壬生国の選挙と今回のヤマは絡んでいるのではないでしょうか?」 
「うむ、私も君と同じ意見だ。それだけではない、塔和大学の事件は聞いているね?」
「はい、大学生一人が麻薬中毒になっていたとか。その件で経済学部教授の柳沢氏が立候補を辞退したとも」 
「そうだ、実はその件も絡んでいるのではないかという情報も入っている」 
「えっ!?では今回の黒幕は・・・」 
「ああ、政界に食い込んでいることは確かだ」 
 正木は顔をしかめた。 

 
「そうか、了解した。大樹、本部に戻れ。拘束した者達は警察病院に収容だ」 
「分かりました竜馬先輩。しかしこれだけ中毒者が多いと・・・」 
「ああ、病院側も対応しきれなくなる。なんとしてでもルートを突き止めないとな」 
 『特強』のメンバー達は皆それぞれ『黄色い馬』の脅威を感じ心の一部に焦りを感じ得なかった。
 
3
 
 恩田ヒロミツが拘束されたその日の夜、柳沢の自宅では長女・次女夫婦と木之本藤孝、吉田輝明が来て家族会議が開かれていた…。

 
「ええっ!世津子ちゃんの彼氏が!?」 
 柳沢の次女、いつ子の夫である村田雅史が驚いた。 
「そうなのよ、警察の人によると一週間前から麻薬を使用していたんですって」 
 と柳沢の妻の正子。 
「それ故、教授は学長候補を辞退しました」 
 と吉田はうなだれた表情で言う。 
「あのバカ!!世津子を泣かせたばかりか、お父さんにまで迷惑かけて!!麻薬やってたなんて意思が弱すぎるのよ!!」 
 と長女の奈津子がまくし立てる。 
「奈津子!やめなさいその言い方!!世津子と貴方の娘の前ですよ!!」 
 正子は奈津子を叱る。 
「…だってお母さん」 
「と、ともかくですね、問題は今後の事です。恩田君がああなってしまった以上、彼をどう立ち直らせるかですよ。それと…」 
「それと?」 
 話を本題にもっていこうとした藤孝にいつ子が訊く。 
「大学の事です。これは憶測にすぎませんが今回の一件はビアス教授が仕組んだものかと思っております」 
「じゃあ恩田君はビアス教授の犠牲になったっていうの?」 
 世津子が尋ねる。 
「ええ、可能性はあります。それ故、私は娘のさくらにもこの事を話しました」 
 藤孝には夭折した妻のなでしことの間に一男一女がいる。息子の桃矢は壬生国の派遣国会議員、娘のさくらは香港出身の中国人である李小狼(リー・シャオラン)と結婚し武蔵国の川越でバー『桜都』を経営している。 
「娘さんに?」 
 と訊く奈津子の夫の山口幸弘。 
「ええ、私の娘は夫と共にバーをやっておりまして、そこで裏情報を知ることができる人達と交際しているのですよ」 
「知ってる、そこって拳志郎さんもよく行くって聞いた事がある」 
「おや、ご存知だったのですか世津子さん。それなら話が早い」 
「そういえばお義父さん、拳志郎さんには知らせたのですか?」 
 と村田は柳沢に尋ねる。 
「勿論知らせました。とはいえ、もうニュースになってしまっています。恩田君の両親の事を思うと…」 
「そうですね、両親がどんなに悲しむ事か…」 
 正子は沈んだ表情になる。 
「…今日はここまでにしましょう。吉田君も木之本君もご苦労様でした。後は拳志郎君達『五車星出版社』に託す事にしましょう」 
「お、お父さん。そんな…」 
 と奈津子。 
「明日も講義です。私は寝ます」 
 と柳沢は自分の部屋に行った。 
「よくこんな時に…」 
「お姉ちゃん、そっとしとこうよ」 
「世津子…貴方だって辛いのに」 
 その時今まで黙っていた奈津子の娘である華子がポツリと言った。 
「…お祖父様も世津子お姉様も可哀そう」 
 その一言にその場にいた全員が黙ってしまった…。 

 
 時間は昼に遡る… 
『今日午前八時頃、千葉のアパートで男性一人が麻薬を使用していた事が分かり、警察が身柄を拘束しました。拘束されたのは…』 
「!!」 
 千葉にある行きつけの食堂『日の出食堂』で食事していた拳志郎はテレビのニュースを見るなり驚愕して割り箸を床に落とした。そう、塔和大学での事件がとり沙汰されていたのだった。この日も大学へ行き取材をしようとしていただけに彼のショックは大きかった。 
「おい、拳さん!塔和大っていったら…」 
 店主の味吉陽一が拳志郎に言う。彼とは塔和大学時代の頃からの付き合いだ。 
「……」 
 拳志郎はテレビの画面を見続けている。その時携帯電話が鳴る。我に返った拳志郎は携帯を取り出しつなぐ。 
「もしもし…編集長!…ええ、ニュースは見ました。分かりました、急いで戻ります」 
 拳志郎は携帯を切り、上着のポケットに入れると財布を出し、 
「すまん、急ぐから釣りは取っといてくれ」
 とお金を出して支払うと急いで店を出た。 
「まいどあり!がんばれよ!」 
 陽一は拳志郎をカウンターから見送った。 
 
「戻ったか、拳志郎君」 
「編集長、大変な事になりました」 
「ああ、君の恩師があんな事に巻き込まれるとはな…」 
「はい…」 
 その時、拳志郎の携帯がまた鳴る。 
「もしもし…教授ですか!…はい、ニュースで見ました。で彼の容体は?…そうですか。…勿論です、全力を尽くします。ですからお嬢さんには気を落とされないようお伝え下さい」 
「拳志郎君、あの人からかね?」 
「はい、これはもしかすると学長選考会に絡んだ陰謀の可能性もあるかもしれません」 
 丁度その時、 
「あり得るな、その話」 
 と社長のシュウが現れた。 
「私もニュースを聞いた。先日来た若い検事を知ってるだろう、彼も我々と同じものを追っている。その彼のところにあのサウザーから捜査を終了するよう言われたそうだ」 
 久利生公平の事である。シュウは彼の捜査に協力し今まで取材で得た資料を提供したのだった。 
「やはり鍵は『元斗会』か…」 
「そのようだな」 
「ケン!!」 
 リンとバットが戻ってきた。 
「おお、いいところに戻ってきた」 
「社長、サウザーはリブゲートととも通じています」 
 とリンが言う。 
「…!お前達がスッパ抜いたあれか!」 
「それだけじゃありません、あの時入手した情報の中に『マボロシクラブ』ってのがあったのはご存知ですよね」 
「何か掴めたのか!?」  
 と拳志郎は尋ねる。 
「ケン、あの『マボロシクラブ』かなりやばい事をやってる。ジュドーが言ってたんだ」 
「ジュドーが!?どういう事だ?」 
「アイツの昔の悪友が言ってたんだってさ。最近、仲間のダンサーがそこに行くようになってからおかしくなったって。しかもそこで麻薬パーティーさえ行われてるってもっぱらの噂だってよ」 
「とすると…、恩田は…、誰かに大学で誘われたのか?」 
「どうやらそこから調べる必要がありそうだね、君達」 
「はい」 
 その時である、 
「その『マボロシクラブ』、俺が調べてやってもいいぜ」 
 とソファーで寝ていた男が言った。全員が振り向くと男は起き上がり、伸びをして拳志郎達に向き直った。 
 
「ジュ…ジュウザ!!」 
 リハクとシュウは驚きのあまり声をあげた。この男、普段は仕事をサボっている事が多いが、いざ取材して記事を書くと拳志郎と同様に鋭い内容を書く。それ故、彼は自身の性格から『雲のジュウザ』と言われているが同時に東西新聞社の山岡士郎に行動が似ている事から『五車星の山岡士郎』という異名も持つ。ちなみにその山岡とは競馬仲間である。 
 そのジュウザが自分から取材すると言い出したのだから上司である二人が驚いたのは当然であった。 
「お、お前が調べると言うのか…な、何故お前が…?」 
「いやぁ実はですね、『黄色い馬』ってのをご存知っすか?」 
「ジュドーから聞いた事があるわ。最近流行ってる麻薬ね」 
  とリンが答える。 
「そう!そのとおり!でその麻薬に水商売の女達が手を出してるって聞いたんですよ。行きつけのスナックでね」 
 彼はよく女遊びをやるので風俗関係から情報を引き出すのはお手の物だ。 
「よくやるねぇ、そういうところは強いもんな」 
 とバットが皮肉を込めて言う。 
「バット!」 
 とリンは小声で嗜める。 
「うーむ、何故今まで書かなかった?」 
 とリハクが問うと 
「ハハッ、それは尻尾が掴みにくかったからっすよ。ですが塔和大の事件とバットとリンが言った『マボロシクラブ』でピーンときました。そのクラブの名をホステス達や若者達から聞いたんですよ。そこへ行けば最高の快感を味わえるって」 
 ジュウザは自分の机に行き、引き出しから取材道具を出す。 
「それじゃ、早速行ってきます。ケン、お前さんは引き続き薬害疑惑を調べてくれ。いずれ一本につながる筈だ」 
 とジュウザは拳志郎の肩を軽く叩き、片目をつむって出て行った。その場にいた全員がジュウザを呆然と見送る、その後リハクは呟く。 
「雲が…、動いた…」 
 
「何!!あのジュウザが動いただと!?」 
 ジュウザが動いたと聞いて驚いたのはカイオウも同じだった。たった今拳志郎から弟のトキを通じて聞かされたのだった。 
「フフフ…そうか、あの『雲のジュウザ』が…フフフ…」 
 カイオウは弟のラオウと共にかつて壬生国の軍隊を掌握しようとした時、ジュウザの活躍によって頓挫された事がある。それ故に彼の実力を身をもって知っていた。彼は笑いながら言う。 
「この国を侵す愚か者共め、せいぜい枕を高くしておるがよいわ。雲を突き抜ける事は出来まい…。ヌハハハハ…!」 

 続きは5話(12-13話まとめ)で行います。
 
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 「ラオウ様、お薬の時間でございます」
 ここは壬生国にあるラオウの邸宅。人はこの邸宅の庭に大きな馬の銅像がある事からこの作品の名をとって『黒王邸』と呼んでいる。
「…」
 ラオウは無言で頷くと傍らにいる女性から水の入ったコップと抗癌剤を受け取り、薬を口に入れ水を流し込む。
「いつもすまぬ、トウよ」
「そんな…。ラオウ様…」
 『トウ』と呼ばれた女性は遠慮しがちに言う。彼女はあのリハクの娘である。ラオウに恋心を抱き、彼がスキルスにかかっている事を知るや、父のリハクが止めるのも聞かずに彼の元に身を寄せた。それからはラオウの愛人として彼の身の回りの世話をしている。
「フフフ…。十年前に北見という医師から、この命、もって一年と言われたが何とか生きてきたな。癌を宣告された時、俺はこう思った、『どうせ死ぬのだ、せめて天を掴んでやろう』とな。その為にこの国の防衛軍を掌握しようと兄者と共に色々画策し、その度に更木剣八や日番谷冬獅郎なる輩とぶつかってきた」
「……」
「だが…今、この国に喪黒福造とかいう者が来て支配しようとしている。それは止めねばなるまい。兄者もトキもそれに奔走しておる」
 ラオウの兄のカイオウは防衛省に勤めており、弟のトキは壬生国の正式国会議員である。二人とも喪黒の素性が掴めぬ為、その素性を掴もうとしている。時には拳志郎達にも情報を提供したりしている。
「トウよ…。悪い事は言わぬ、リハクの元に帰るがよい。俺の命は残り少ない、父の元で仲良く暮らせ」
「いやです、ラオウ様!トウは…トウは貴方様を一目見た時からずっとお慕いしてまいりました。今でも私は貴方様を愛しております。ラオウ様が死ぬその時までお傍に居とうございます」
 トウはラオウの手にすがり、目に涙を浮かべて言う。
「フフフ、そうか…。このラオウの傍に居たいか。ならば好きにするがよい」
 ラオウはトウに優しく笑みを向けて言うと窓の外を眺め、呟いた。
「荒れるな…、この国は…。俺に残された時間はないか…」
 
 
 話は変わって…。
 
「ダーッハッハッハッハッハ!」
とCP9製薬社長スパンダムは大声で笑う。ここは東京にある『サークルビル』35階にある中華料理店。同じ席にビアス教授、関東連合議員サウザー、同議員シャギア・フロスト、その弟で『新時代出版社』社長オルバ・フロスト、そして医療法人『元斗会』会長ジャコウが顔を揃えている。
「うるさいよ、スパンダム君。静かにしたまえ!」
とビアスがたしなめる。
「何言ってんですか教授。ここは貸し切りですぜ!何も心配はいりませんって!」
とスパンダムは気にしてない様子だ。
「フフフ…、相当儲かっているようだな」
とサウザー。
「ええ、お陰様で。ダッハッハッハ」
とスパンダムはまた笑う。そんな光景を見ながら残る三人は食事している。
「それにしても、目障りなのはブンヤ共です。私とスパンダム君の所に例の奴らが来て、鋭く突っ込んできます」
「ああ、例の『五車星出版社』だね」
 ビアスの言葉に反応するオルバ。
「僕も知っているよ、あそこの規模は小さいがかなり人気がある。僕にとっても少々目障りだ」
「『プリズム』の売れ行きを左右するほどかね?オルバ」
と弟に尋ねる兄のシャギア。
「今のところはそれほどでもないよ、兄さん。でも一部の知識人からは『新時代出版社の雑誌は低俗だ!』という声が上がってきているんだ」
「それは困った、貴方のお力を借りて奴らを封じようと思っていたのに」
と肩を落とすビアス。
「おいおい、ビアス教授。『エニエス』の安全性を声高に叫ぶ君らしくもない。そんなことでどうするのかね」
とそれまで黙っていたジャコウが言う。
「そこです、実は改めて『エニエス』の安全性を訴えるキャンペーンをやりたいのです。その為には…」
「我々の協力が必要というわけか」
と答えるサウザー。
「そうなんですよ、先生。そこをお願いしたくてこの会食へ出たわけでして」
とビアスは懇願する。
「分かった、何らかの手を打たねばなるまい。そうであろう?シャギア君」
「はい」
その時、
「失礼いたします。お連れ様がいらっしゃっております」
とウエイターが来て言った。
「連れ?呼んだ覚えがねえぞ」
と言うスパンダムに対し
「ああ、スパンダムさん、僕が呼んだのだよ。貴方の望みを叶えるためにね」
 オルバが言った。
「?」
「君、その方をここへ通してくれたまえ」
「かしこまりました」
 ウエイターは一度下がると、一人の金髪の若い男を連れてきた。
 
「スパンダムさん、こちらは通信大手企業『マードック』の社長をやってらっしゃる…」
「ロンと申します。お見知りおきを」
 オルバに紹介された男はスパンダムに会釈した。一方、オルバはウエイターに椅子の用意をさせ、彼を下がらせるとロンを席に着かせた。
「こ、これはどうも。オルバさん、この方と私の望みとどういう関係で?」
 スパンダムはロンに挨拶した後、オルバに尋ねる。
「それは私から説明致しましょう。スパンダムさん、貴方はリブゲートとの提携をお望みであるとか」
とロンは言う。
「あ、ああ、そうですけど…」
と答えるスパンダム。
「それは丁度いい、実は私とリブゲートの根岸専務とは昵懇の仲でしてねぇ。もしよろしければ私が貴方のCP9とリブゲートとの提携を仲介してもよろしいのですが」
「ほ、本当ですか?そりゃ!?」
「ええ、リブゲートが最近ゼーラの企業を二・三社買収しているのはご存知でしょう。そこへ御社が提携とくれば鬼に金棒です」
「ダーッハッハッハッハ!そりゃ願ったり叶ったりですよ!」
「ただ、その代わりある人物の後援をお願いしたいのですが」
「ああ、喪黒福造先生でしょう。勿論、資金面はバックアップしますぜ」
「それはよかった、ここへ来たかいがあったというものです」
「こっちもですぜ。よろしくお願いいたしますよ」
「ほほう、契約成立だな。めでたいではないか、スパンダム社長。どれ、ロン社長も一杯どうかね?リブゲートとCP9の提携を祝って乾杯といこうではないか」
 サウザーが紹興酒の瓶を持ち、ロンが差し出したグラスに酒を注ぐ。
「これは恐縮です。サウザー先生」
「何、構わんよ。では諸君!リブゲートとCP9の更なる発展を祝って乾杯!」
「乾杯!」
 七人はグラスを合わせた。
 
「ところでオルバさんから伺ったのですが、皆さん『五車星出版社』の記者に悩まされているとか」
「そうなんですよ、ロンさん。あの連中がうるさくってたまらないんですよ。特に我が社の『エニエス』の件で」
「私もです。『エニエス』の事についてひたすら追求してくる。他に原因があるのに。それでサウザー先生方にお願いしている次第でして」
「なるほど、実は喪黒先生の周辺にもあの会社の記者が嗅ぎ回っておりましてねぇ」
「となると、こりゃ奇遇だ。貴方と我々は共通の敵をもつわけだ」
「そういう事です。しかし、もし突然いなくなったとすれば…」
「?どういう事です?」
「フフフ、それはお楽しみという事で」
「何かコネがあるという事ですな?」
「まあ、そうですと言っておきましょう」
 その時ウエイターが料理を運んできた。
「失礼いたします。フカヒレの姿煮でございます」
「皆さん、これは皆さんへのお近づきの印です。どうぞお召し上がり下さい」
「ほう、これは旨そうだな」
とジャコウは言った。
 
「ああ、待ちたまえ、君」
とシャギアは去ろうとしたウエイターを呼び止める。そのウエイターは弁髪をしており、歳は10代後半らしい。
「見かけない顔だな。新人かね?」
「はい」
「名は何と言うのかね?」
「張五飛(チャン・ウーフェイ)と申します」
「そうか、いい名だ。せっかくだ、受け取りたまえ」
とシャギアは『五飛』と名乗ったウエイターに一万円札を渡した。
「ありがとうございます」
と五飛は深々と頭を下げて礼を言い、
「それではごゆるりと」
とサウザー達の席から去っていった。彼らの席から離れると五飛は呟く。
「フン、よく悪巧みをやるものだな、いずれバレるのに」
 
 
2
 
「そんなに不味かったのか、あそこの料亭」
「ああ、加賀美の舌もそれほどではないな」
「……」
 ここは川崎の商業施設中央にあるブルートレイン食堂車をそのまま使っているレストラン。先日『怪談亭』に試食しに行った天道総司と加賀美新・日下部ひよりの三人がこの商業施設を立て直したIT企業社長の神代剣や美容師の風間大介、このレストランのカフェテリア担当の池田英理子達と話している。
「あの~ひょっとしてあの『怪談亭』?」
 英理子が躊躇いながら天道に尋ねる。
「ああ、そうだがお前も行ったのか?あんな不味い料亭に」
「う、うん蒔人と。彼がデートに誘ってくれて東京に行ったのよ、その時」
「英理子さ~ん」
 丁度その時に小津蒔人が野菜を持って現れたので英理子は気まずい顔をした。
「野菜持って来たよ!…あれ?英理子さん、どうしたの?」
「蒔人、実は…」
「蒔人、お前『怪談亭』に行ったそうだな」
と天道が蒔人に尋ねる。
「え!?天道、お前も行ったのか!?あの最低な料亭に」
(あちゃ~)
 英理子はますます気まずくなる。
「英理子さん、何か気まずそうだけど何かあったの?」
 心配して風間のアシスタント役をしているゴン(百合子)が英理子の顔を見て尋ねる。
「そ…それが蒔人ったらそこの料理人と怒鳴り合いになっちゃったのよ。あまりの料理の不味さに」
「ほう、喧嘩か」
「ああ俺、料理のひどさについカッとなって厨房まで行って怒鳴ったんだ。『ここの料理はひどすぎるぞ!!』って。そしたら料理人の一人が…確か『伊橋』とか言ったかな、そいつが『おい、そりゃどういう事だ!聞き捨てならねぇ!!』と言い返してきたからますます頭に血がのぼって…」
「呆れるなぁ、僕としては」
「そこの番頭さんが止めに入ってようやく収まったのよ。それから女将さんが謝罪してくれたから蒔人もようやく落ち着いてくれたんだけど…」
「フッ、お婆ちゃんが言っていた、『未熟な果物は酸っぱい、未熟な者ほど喧嘩をする』ってな。その料理人は所詮その程度だったって事だ」
「天道、いい事言う」
「さて、仕込みに入るか。お婆ちゃんはこうも言っていた、『本当の名店は看板さえ出していないって』な。ここは看板さえない、すなわち、名店だからだ。この俺がいるからな」
「また出た、自我自賛…」
 天道以外の人間全員が呆れた顔をした。
 
 
 東京のとあるビルの一室…。
「えっ!?理央が?」
「なんてこった、よりによってあのシロッコのな…」
 ここはスクラッチエージェンシー。社員の深見ゴウ・レツの兄弟が社長のシャーフーと話している。
「社長は止めなかったのですか?」
「仕方ないじゃろ、本人もやると言ったのじゃから」
「しかし…」
「レツ、もうやめなさい」
 社長秘書の真咲美希が言う。そこへ
「ただいまー」
と漢堂ジャンが陽気な顔をして帰ってきた。
「おかえり、ジャン」
 笑顔で迎える宇崎ラン。
「ネコ~、見てくれよ、こんなにゾワがたくさん」
と盗聴噐を見せるジャン。彼は野生児だったせいか勘が鋭く、盗聴噐を探知機なしで見つけてしまうのだ。ちなみにシャーフーは顔が猫に似ている事から『猫社長』というあだ名を持つ。
「ジャン!社長とちゃんと言えないの!?」
と嗜めるラン。
「随分多いな。何件ぐらい見つけた?」
 レツが尋ねる。
「う~んと…」
「今日だけで50件」
と久津ケンがジャンに代わって答える。ケンはジャンと組んで盗聴噐探しをしているがジャンがほとんど見つけてしまう為、彼はサボっている事が多い。
「そんなに出回っているのか!まいったぜ…」
「無理もないじゃろ、法律で禁止されているわけじゃない」
「なぁ、どうして禁止しないんだ?」
「う~む、情報を一手に握れば利益なぞ思いのままじゃ、逆に防犯にも使えるのが理由じゃろ」
 ジャンの問いに答えるシャーフー。
「社長、盗聴噐はともかくとして問題は…」
「理央じゃな」
「なぁ、理央がどうかしたのか?」
「彼、あのシロッコのエージェントになったのよ」
「シロッコ~?」
「パプテマス・シロッコ、喪黒福造の秘書だよ。何か野望がありそうだ」
「ふ~ん、だったら回収したこれで…」
「ケン!!」
 ケンの言おうとした事が分かったのかランが大声で制す。
「とにかくじゃ、今はシロッコと彼についた理央の行く方向を見定めるのが今後の我々がやるべき事じゃろ」
「ネコ、ゾワは?」
「勿論、回収し続けるのじゃ」
 
 
『…従いまして、今流行っておりますC型肝炎につきましては現在調査中であり、CP9製薬の『エニエス』との因果関係は全くないと断言いたします』
「ケッ!何言ってやがる、あれほど取り沙汰されてるのにまだ意地張ってるのかよ!」
 ここは東京にある日本連合検察庁。検事の久利生公平はテレビでやっていたビアス教授の記者会見に顔をしかめてチャンネルを変えた。
「ホント、意地張ってますねぇ。街頭でもデモをやっているというのに」
 事務官の雨宮舞子も頷きながら言う。二人は性格が相反してはいるがコンビネーションは抜群で色々な事件を鋭く捜査している。
「そもそもさぁ、何で出版社が企画するわけ!?こいつにも擁護する事書いてあるじゃん!」
 久利生は傍らに置いてあった雑誌『プリズム』のページを開いて雨宮に見せる。そこには『ビアス教授、薬害疑惑を断固否定!!全てマスコミのでっち上げ!!』というタイトルで記事が書いてあった。
「ホントだ、同じような事が書いてある」
「しかもだ、今朝議会から『調査を終了しろ』と言ってきやがる」
「確かサウザーって人でしたね、言ってきたのは。彼は『元斗会』のメンバーでもある…」
「ああ、奴は絡んでる。その上、あのCP9だっけ?あの会社は創立当時から他社に負債押し付けて乗っ取ったって話があるからな。つながっているのは間違いなしだな」
「先日のニュースでも高畑魔美さんって方が言ってましたっけ、『私の夫はCP9のいい加減な血液製剤によって肝炎にかかってしまいました。それにもかかわらず、当社と塔和大のビアス教授は未だに安全だと主張してますがこれほどまでに被害が広がっているのはどういう事でしょうか』って」
「そういう事!こうなりゃあ、とことん調べまくるだけだ」
「ちょっと待って下さい!調査終了の命令が出てるんですよ」
「んな事知るか!行くぞ!」
「え?どこにですか?」
「決まってるだろ、ここだよ」
と久利生は机に置いてあった雑誌『週刊北斗』を開いて、雨宮に見せた。
「『喪黒福造、凉宮ハルヒ・リブゲート専務根岸氏と密談!!背後にサウザー連合議会議員も絡む?』。これが何か?」
「分からない?『五車星出版社』だよ。行く所は」
 
 
 その頃、その『五車星出版社』の一室で一人の男が電話で話していた。彼の名はシュウ、この会社の社長である。目は10年前のテロで負傷し、見えなくなっているが経営力は抜群だ。
「えっ!?来日されるのですか?やはり気になりますか、壬生国の事が…。分かりました、お待ちしております」
 果たして、誰と電話で話しているのだろうか?
 
3
 
「なんとまあ、娘まで連れてきてやがる」
 ここはリブゲートのビルからちょっと離れたデパートの屋上。リンとバットは双眼鏡でリブゲートのビルを見張っていた。
「あの男、娘を連れてきてどうするつもりかしら?」
「決まってるだろ、よく言う『帝王学』って奴さ。ん?後ろにいる男は奴の秘書か?」
 バットが見た男は薄紫色の髪をした男だった。何か静かな顔立ちがバットに嫌な感情を抱かせた。
「…!!バット、あれ!」
 リンが指差す方向にバットが双眼鏡を下に向けると一人の車椅子に乗った少女が五・六人のSPに囲まれて、車に乗るところだった。
「随分物々しいなぁ、何かあったのか?」
「ねぇバット、あの少女見た事ない?」
「?」
「あの子、確かルルーシュって議員の妹よ」
「え!確か名前は…」
「ナナリー、ナナリー・ランペルージ。それにしても一体何故あんなに物々しいのかしら?もしかして…」
「ははーん、確か彼女が出てきたビルはリブゲートビルの隣だったな。何かを見て危険を感じたな」
「バット、彼女に当たって話を訊くというのはどう?」
「そうだな、何か掴めるかもしれん。行こう!リン!」
 二人はデパートの一階まで降りると外に出た。
 
「あの子、どこに行くのかしら?」
「多分、兄貴の所だろう。あのSPはルルーシュが寄越したとみて間違いないな」
 二人がタクシーを拾おうとした時、
「よっ!お二人さん」
と気軽に声を掛けた若者がバイクに乗って現れた。
 
「ジュドー!!」
 二人は同時に声をあげた。『ジュドー』と呼ばれた若者はヘルメットのバイザーを上げる。
「何してんの?仕事?」
「当たり前だ!買物してるように見えるか?」
「ハハハ、で何か追ってるようだけど」
「まあな、リブゲート知ってるだろう。奴らの悪行を暴きにさ」
「なるほどねぇ。ところで今行ってきたビルで何か物々しい事になってたけど何か関係あるの?」
「何!?お前、あそこのビルでの事見てたのか?」
「ああ、届け物があったからね」
 ジュドー・アーシタは運送会社『ゴッドフェニックス運送』で配達員として働いているのだ。ちなみに彼にはリィナという妹がいるが彼女もそこの受付で働いている。
「おい、その事詳しく話してくれんか」
「ああ、いいぜ。おっ!丁度昼だな。どっかで飯食おうぜ」
「バイクはどうすんだよ?」
「なあに、サッと止めてくるさ」
「まさか路上に止めるんじゃないだろうな。駐車違反になっても知らんぞ」
「心配性だなぁ」
「あのなあ!お前の事でケンが手を焼いてるのを忘れるなよ!」
「はいはい、分かってますって。それじゃバイク置いてくるから」
とジュドーは走り去っていった。彼は不良まがいの悪さをしていて、妹のリィナに心配ばかりかけさせた。たまたま拳志郎がある事件を取材していた時、リィナから相談を受け、彼を捕まえ更生させて今の職を紹介したのだった。二人ともその事は拳志郎から聞いて知っている。
「ったく、世話のかかる奴だな」
 バットがそう言うとリンはクスクス笑った。
 
 
「冗談じゃないわよ!!何でこうなるのよ!!?」
 凉宮ハルヒは『週刊北斗』の最新号を見るなり、激怒して床に叩きつけた。そこには先日、喪黒と密談していた事が書いてあったからだ。彼女は携帯電話を出し、掛ける。
「もしもし、一体どういう事なのよこれ!?密談の事がバレちゃってるじゃない!!」
『ええ凉宮さん、ですから私もどうするか根岸専務と相談中でしてねぇ』
「オーブにまで影響力あるのよ、この雑誌!最悪の場合、貴方の失脚だけじゃ済まないわよ!!分かってるんでしょうね!?」
『ホーッホッホッホ、ご心配なく。こちらには『新時代出版社』がいます。なあに、反論記事を頼んでますから。それにいざとなれば名誉毀損罪で『五車星出版社』を訴えればよろしいでしょう』
「そう、その名誉毀損罪での訴えが通ればいいけどね。何にしてもこの事をうまくかわさないとオーブにやられるわよ。私もサウザーさんに頼んでみるからうまくやってみて」
『勿論ですとも、ホーッホッホッホ…』
 
「さてと」
 ハルヒはサウザーに会う事にした。密談が露見した以上、何らかの対策を打ち出さなければならない。
(それにしても何故今回の密談がバレたのかしら?…まさかスパイ?その事もサウザーさんに話さなくっちゃ!)
 言い遅れたが彼女がいるのは議員会館である。彼女は自分の部屋を出て、サウザーの部屋へ早足で歩いていく。それを廊下の角で見ていたオレンジ色の髪の少女がいた。彼女はハルヒの部屋に入り、床に叩きつけられた『週刊北斗』を拾い上げ、読む。それからまた床に置いて元に戻すと外に出て携帯電話を掛けた。
「もしもし私、シャーリーだけど…」
 
「えっ、ハルヒが!?」
 親友であるシャーリー・フェネットから電話を受けた紅月カレンは驚いた。彼女とシャーリー、ハルヒの三人は学友であった。アクの強い性格のハルヒにはカレンもシャーリーも辟易していたがそれでも親しくしていただけにハルヒの行動を黙って見過ごすわけにはいかない。
「困った子ね、といっても素直に私達の言う事を聴かないし…」
『そうよね、ルル(ルルーシュ)はこの事知ってるの?』
「実は彼の妹のナナリーが喪黒とリブゲートの根岸専務との密談の様子を見てたのよ。さっき彼に連絡して妹を帰したから知る事になるわ」
『そう、ならいいけど…。あ、『週刊北斗』の最新号見た?』
「ええ、勿論よ。それも見せましょう。いずれにせよ、あの子の暴走を止めないと関東連合がメチャクチャになるわ。私が彼女に一言釘を刺してみる」
『お願い、そうして。ハルヒに直接言えるのは貴方だけだから』
 
 
「そうか…。フム、困った事になったな」
 ここはサウザーの部屋。ハルヒから話を聞いたサウザーは腕を組んだ。
「サウザー先生のお手を煩わして申し訳ありません。まさかバレていたとは…」
「まあいい、この国に対する君の愛国心は私も素晴らしいと思っている。色々な方面に圧力をかけてみよう。必要とあらばバロン影山氏の力を借りる事になるが」
 バロン影山は関東連合議会の副議長である。ちなみに議長の名はギレン・ザビといい、独裁的傾向が強い。
「お願いします、私はこの関東連合を何としても守りたいのです。今にもこうしている内にオーブは…」
「そうだな、壬生国がオーブ寄りになるのは私としても見過ごすわけにはいかん。安心したまえ、私は君の味方だ」
「ありがとうございます!そう言っていただけると助かります」
「後は任せてくれたまえ」
「はいっ!では失礼します」
 ハルヒが部屋を出るとサウザーは内線を掛ける、相手はバロン影山だ。
「私です…。ええ今彼女が私に縋りついてきました。クックック、愛国心旺盛な人間ほど操りやすいですな、彼女にはピエロの役をこのまま続けてもらいましょうか。我々の為にも…」
 
 
「く、薬を…黄色い馬をくれぇ…」
 一人のミュージシャンらしき男が路地裏で麻薬の密売人にすがりつく。
「おやおや、また貴方ですか。金は持ってきてるのでしょうね?」
「ああ、持って来たからくれぇ…」
 男は金を密売人に渡し麻薬を受け取る。この男がまさか塔和大学の学長選考会に波紋を呼ぶなど誰も思いもしなかった…。
 
 
編集者あとがき:
 皆さんご存知かと思いますが、密室政治はどの時代にも尽きないものです。
 山田洋行事件しかり、様々な古今東西の不正は絶えることなく続いているのですが、ジャーナリズムはそうしたものを監視する第五の権力として位置づけられているのにもかかわらず日本は権力者の奉仕に終始しているのです。愛国心が叫ばれた戦争時代、時の軍事政権はその名のもとに圧力をかけて国民を一体化しようとしましたがそれがいかに政権にとって都合がよかったのかはご存知でしょう。
 愛国心は悪党の最後の隠れ家というのはこのことを指すのです。次回は大学の学長選考会に嵐が巻き起こります。お楽しみに!

著作権者 明示
『ゴッドハンド輝』 (C)山本航暉・画、構成・監修:天碕莞爾、講談社 2000-2011
『獣拳戦隊ゲキレンジャー』 (C)原作 八手三郎、脚本 横手美智子 他 テレビ朝日・東映・東映AG 2007-2008
『新機動戦記ガンダムW』 (C)創通、サンライズ 1995
『コードギアス 反逆のルルーシュ』 (C)原作 ストーリー原案:大河内一楼、谷口悟朗 SUNRISE/PROJECT GEASS・MBS、Character Design CLAMP 2006
『電脳警察サイバーコップ』 (C)東宝 1988-1989
『機動戦士ガンダムΖΖ』 (C)創通・サンライズ 1886-1887
『機動戦士Ζガンダム』 (C)創通・サンライズ  1985 - 1986
HERO (C) フジテレビ 脚本 福田靖、大竹研、秦建日子、田辺満
『BLEACH』 (C)久保帯人・集英社 2001-
『笑ゥせえるすまん』:(C)藤子不二雄A  中央公論社  1990
 
1
(おや?)
 ここは千葉にある塔和大学構内、考古学教授の木之本藤孝は目の前を横切った男を見て首を傾げた。男の顔にはまるでピノキオのような長く四角い鼻がついていただけでなくスーツ姿だった。その男は医学部のある講堂へ歩いていくのだ。
(見かけない人だな…。確かこの先は医学部…、ビアス教授のところかな?)
 藤孝は後をつける事にした、なんとなく気になるのだ。それに大学の学長選考の件で最近ビアスが有利に立っている事と関係があるかもしれないと思ったからだった。男は思った通り医学部へ向かっていた。
 
「教授!」
 藤孝は講堂内の廊下で生徒の一人に呼びとめられた。
「何をやってらっしゃるんですか?こそこそと」
「あぁ、これはねぇ…」
 彼は適当に言い繕う。しかしその間に男を見失ってしまった。
 
「まいったわい、わしの後をこそこそとつけてきたから」
「まさか、嗅ぎつけられてないだろうな?例の件」
 ここは医学部教授ビアスの研究室、話しているのはCP9製薬第一営業部部長のカクである。
「何をおっしゃる、この大学の学長を狙ってらっしゃる貴方が。それにうちの社長が貴方の為に色々と手を打っている事をご存知じゃろうが」
「フッ、スパンダムは我が教え子だからな。これくらいやってもらわないと」
「よう言うわい、尤もここのところ『エニエス』の件でうちも散々じゃ」
「あれは全く問題ない!他に原因がある。それを解明しようとせずに他の医者やブンヤ共が騒ぎ立ておって!」
「いつものセリフかい。貴方も頑固じゃのう」
「そのおかげで儲けているのはどこだったかな?まぁ、それはさておき」
 ビアスが話を切り替えようとした時、研究室の電話が鳴る。
「なんだこんな時に…。私だ…。またあの男か!今、先客がいる。その後はゼミがあるからと伝えといてくれたまえ」
 ビアスは電話を切る。
「全くしつこい奴だ!」
「あの霞拳志郎とかいう男の事かい?うちの社にも来たわい、根掘り葉掘り訊くから社長もイライラしておったわい。そんでもって、わしらに当たるから苦労が絶えんのじゃ」
「ほう、君の上司にロブ・ルッチという男がいるがあの男にもか?」
「ルッチ常務は特別じゃ、あの人は社長に当たり散らされても平然としておるわい」
「たいした男じゃないか…。あぁそうだった、学長選考の件だがね、今のところ君達のおかげで有利に進みそうだ」
「そうかい、あと一押しじゃのう」
「今までどおり買収の方は頼んだぞ。後はサザンクロスの事だがいざとなれば…」
「院長に全て押しつけるのかい?『元斗会』の方は?」
「ジャコウの事だ、シンを切り捨てにかかるだろう。『エニエス』採用の時に前任のファルコが反対して難航したからな。それをジャコウがうまく立ち回っただけでなく、ファルコに対する不信任を突き付けて追い出した」
「そのおかげで我々は儲かっておるからのう、ジャコウさまさまじゃ」
「フフフ…。しかもだ、君達の会社があのリブゲートと組めば…」
「うちの会社は壬生にも進出できるうえにライバルであるつばさ製薬を追い抜くというわけじゃのう」
「そういう事だ、そうそう会食の件だが私も出よう。サウザー先生やフロスト兄弟にも色々と頼んでおきたいから」
 サウザーは関東連合の議員でありフロスト兄弟は兄のシャギアもまた関東連合の議員、弟のオルバは『新時代出版社』のカリスマ社長である。ちなみにCP9製薬社長スパンダムも入れての四人は『元斗会』のメンバーでもある。
「では資金と会食の件は社長に伝えておくわい」
「そうしてくれたまえ、『エニエス』の件は安全性を更に強調させる為に記者会見を改めて開こう」
 
「申し訳ありませんが…」
「そうですか…。失礼します」
 ビアスに取材を断られた拳志郎は受付を後にした。あれだけ騒がれているのにも関わらず頑迷に安全性を主張し続けるのは何故だろうか?今までの彼の取材に対する答えについてはどうも意地になっているところがある。
(そういえば…)
 拳志郎はこの大学で近々学長の選考会があるという事を思い出した。
(もしかするとそれと関係があるのでは…。だとすると利害関係も含まれる、例えばCP9製薬、いやそれだけではあるまい、関東連合議会にも…。『元斗会』のメンバーに議員も入っていたはず…)
 拳志郎は大学構内のベンチの一つに座り考え込む。実は彼、この大学の卒業生だったのだ。ユリアと知り合い恋に落ちたのもこの大学でだった。それ故、今起こっている疑惑を思うと胸が痛んだ。
「拳志郎君?拳志郎君ではありませんか!」
 拳志郎が顔を上げると経済学部教授の柳沢良則が立っていた。彼は生活態度が規則正しい事で有名である。あまりに時間に正確である為に人はドイツの哲学者にみたてて、彼の事を『日本のイマヌエル・カント』と呼んでいる。
「柳沢教授!お久しぶりです」
 拳志郎は立ち上がり柳沢教授に会釈する。彼は一度だけであるが柳沢教授の講義に顔を出した事がある。それでもユリアが経済学をとっていたせいか彼に顔を知ってもらい、ユリアを交えて色々と話をした。拳志郎にジャーナリストになるよう勧めたのも柳沢教授であり、ユリアとの結婚に仲人の役まで引き受けるとまで言ってくれるなど拳志郎にとっていわば恩師である。
「元気そうではありませんか。君の活躍は『週刊北斗』で知っていますよ」
「恐れ入ります。教授こそお元気そうで」
「ハハハ、ところでここへ来たという事は…。あの件ですか?ビアス君が関わっている…」
「はい、その事で訊き出そうとしまったが断られました」
「でしょうね、学長選考会で立候補していますからね。実は私も学長候補に推薦されたのですよ」
「教授が…。今のところはどうなのですか?」
「ウム、ビアス君が有利に立っているのですが、どうもきな臭い。何人かCP9を通じて買収されているらしいという噂があるそうです。そう吉田君が言ってましたよ」
 吉田とは柳沢の助手的存在の吉田輝明准教授の事である。
「何ですって!だとすると教授」
「お父さ~ん」
 振り向くと柳沢の末娘である世津子が駆けよってくる。柳沢には妻の正子との間に三人の娘がおり、長女の奈津子はサラリーマンと結婚し一人娘がいる。次女のいつ子は陶芸家と結婚し、三女の世津子は同じ大学の生徒とつきあっている。
「世津子ではないですか、どうしたのです?」
「あ、拳志郎さんこんにちは。お父さん、今さっき考古学の木之本教授を見かけたの。何か前を歩いている男の後をコソコソとつけていたからおかしいと思って声を掛けたのよ」
 藤孝を呼び止めたのは世津子だったのだ。
「木之本君が?で、どこで見かけてどんな男をつけていたのですか?」
「医学部のある講堂の廊下。つけられていた男はまるでピノキオみたいな顔だった」
「!…カク」
「え?拳志郎さん、今何て言ったの?」
「CP9製薬第一営業部長のカクだ、その男は。おそらくビアス教授のところに行ったのだろう。考えられるのは『エニエス』の事と学長選考…」
「じゃあ何、学長選考会でお金が動いているって言うの?最低!」
「それにしても学長選考にお金が絡んでくるとなりますと…。噂は本当という可能性が濃くなりますねぇ」
「それに教授、その後ろには関東連合の議員もいる可能性があります」
「!『元斗会』ですね!」
「何それ?」
「サザンクロス病院を経営している医療法人ですよ。確か、あの病院の院長は…シン君でしたね?」
「はい」
 シンもまた塔和大学の卒業生だったのだ。あの頃は拳志郎もシンも親しい関係であった。
「ユリア君からは彼の事は聞いていました。彼は医学部では優秀な生徒でしたのに…。ユリア君が亡くなり、ビアス君が医学部の教授になってからこの大学もあの病院もおかしくなってしまいました。そしてシン君も…」
「教授、それに『元斗会』もです。ジャコウが会長になってから『エニエス』を使用しだし、被害が出ています」
「ウム…」
 拳志郎と柳沢は空を見上げる。まるで地上のことなど気にしていないかのように雲が流れていた…。
 
 
2
 拳志郎がサザンクロス病院とCP9製薬に関する薬害疑惑を追って塔和大学を訪れたその夜…。
 リンとバットはリブゲートグループが経営するホテル『リック』にある料亭『怪談亭』に喪黒が現れるという情報を掴み、その料亭に予約をして潜入していた。ここでどうも密談が行われるらしいというのである…。
 
 
「最低だ!何だ、ここの料理は!!」
 二人がいる部屋に出入口側から男性の怒鳴り声が聞こえる。
「な、何だ?」
 バットが廊下に出て陰からそっと覗くと一人の中年男性がこの店の女将に怒鳴りつけているところであった。髪型はかなり特徴があり、和服姿である。
(確か、あの男は美食家の海原雄山。あの男が来ていたのか…!)
「申し訳ございません」
 女将は神妙な顔で雄山に謝る。
「全く、新聞社の連中がしきりに『この店の料理を賞味して欲しい』と言うから来たものの、味付けもバランスも酷いうえに季節感も無い!こんな所に二度と来ないぞ!!」
 雄山の『食』に対する批評は誰よりも厳しい。その批評で何軒もの店が潰れていくくらいだ。しかし、その批評の厳しさ故に『食』の世界の第一人者であり、帝都新聞社で『至高のメニュー』を作るのを任されている。一方、息子でありライバルでもある山岡史郎は勤め先の東西新聞社で『究極のメニュー』を作っている。この親子の対立はメディア業界や料理業界では有名な話である。
「あ、待って下さい、雄山先生!」
 帝都新聞社の社員二・三人がさっさと店を出て行こうとする雄山を呼び止めながら店を出て行く。その中の一人は女将に対し恨めしげな目を向けた。一方の雄山は店を出ながら小声で吐き捨てるように言った。
「この程度なら士郎の料理のほうがまだましだ!」
「え?先生、今何と?」
「何でもない、行くぞ!」
 そんな光景を出入口近くの外で隠れて見ていた少女がいた。彼女は素早くどこかへ走っていった。
 
「ふう~、すごい辛口だったぜ、雄山の批評…」
 部屋に戻ったバットはリンに言った。
「そんなに?あの人、確か息子さんと料理で争ってたわよね」
「ああ、その息子に似た人が俺達の会社にもいるがね、ぷぷっ」
 バットは笑いを噛み殺す。リンもクスクスと笑う。その時、
「ホーッホッホッホッホ…」
と出入口側から特徴のある笑い声が聞こえた。
「バット!」
「奴だ!喪黒に間違いない。あんな笑い方をするのは奴だけだ」
 バットが外へ出ようとすると
「待って、バット。私が行く」
とリンが言った。
「おい、大丈夫か?」
「私もジャーナリストの端くれよ、任せて」
「分かった、気付かれるなよ慎重にな」
 リンはうなずくとデジカメを持って部屋を出た。
 
「ホッホッホ、それは災難でしたねぇ。尤もあの男はその程度ですから」
「ホントですなぁ。料理だけですよ、あの男の取り柄は」
 喪黒とリブゲート専務の根岸忠は女将の壱原侑子に言う。
「ま、覚悟はしてましたけどね。あの人が来た時点で」
「私、あの男嫌い。料理にうるさすぎるんだもん」
 壱原に続いてまだ10代後半らしき少女が言う。
(あ、あの子は確か凉宮ハルヒ!どうしてあの子がここに?…!まさか喪黒の密談の相手って…)
 リンは知っていた。凉宮は愛国心が強く、オーブと壬生国がつながるのを快く思っていない事を。
(とすると、オーブの動きを封じる為に喪黒と…。あの子、喪黒がいかに危険なのか分かっていないんだわ。それにリブゲートの事も)
 四人の他にもう一人凉宮と同じ年齢らしき少年がいる。
(あの少年は確かキョンって名前だったわよね、若くして株主長者になったという…)
 リンは五人に気付かれぬように彼らの後をつけた。時々デジカメで一行を撮る。フラッシュは使わない、気付かれてしまうからだ。やがてリンは五人が奥の部屋の一つに入るのを見届けた。リンは辺りを見渡すと近くにトイレを見つけ、そこへ入った。入口で仲居達を警戒しつつ、喪黒達を見張っていた。
 
 しばらくすると壱原が部屋から出て行った。彼女が消えるのを見計らい、部屋の障子から死角になる場所に近づいた。壁に耳を澄ませてみると微かだが声が聞こえた。
「さて…凉宮さん、…オーブは…ですよ」
「そう…連合は…で…サウザーさん…なのよ」
(ウ~ン、聞こえにくいわねぇ…)
 その時、リンは廊下から足音が聞こえるのを耳にした。急いでその場を離れトイレに行くふりをすると一人の緑色の髪の仲居が徳利を載せたお盆を持って喪黒達の部屋に入ろうとするところだった。彼女はリンを見ると目配せをした。それを見たリンが部屋に戻る、その途中だった。彼女は20代の若者と肩がぶつかった。
 
 
「失礼、大丈夫か?」
 若者はリンに尋ねた。
「いっいえ、大丈夫。こちらこそ」
 若者はリンのデジカメに目を留めた。
「お前、ジャーナリストだな。あの部屋にいる奴らを探っているのか?」
 彼は喪黒達のいる部屋に向かって指を指す。リンは内心ドキッとした。
「……」
「図星だな、やめておけ。盗聴器でもなければあの中の声は聞こえないぞ。そんなのは素人でも分かる」
「それはどうも。でも私はあの中の事を調べなきゃならないのよ」
「だったら隣の部屋からならどうだ」
「……」
「ま、大方、この店にお前が調べようとしている人物が来る事は分かっていただろうが、それ以上の事は考えてなかったようだな」
「貴方、一体何者なの?」
 すると若者は右腕を高く挙げ、人差し指を天井に指してこう言った。
「俺か?天の道を行き、総てを司る男だ」
「は?」
 キョトンとするリンを尻目に若者は去っていった。その後障子が開く音を聞いてハッとしたリンは音を立てずにその場を立ち去った。
 
「どこへ行っていた?天道」
 ここは喪黒達がいる部屋の隣の部屋。天道総司と同じ年齢の男が尋ねる。
「フッ、廊下に出たら女が一人この隣の部屋を調べようとしていた」
「ふ~ん…。何かあるのかな?それより天道、ここの料理はどうだ?」
「加賀美、何故俺をこんな不味い所に連れてきた。お婆ちゃんが言っていた、『この世に不味い飯屋と悪の栄えたためしはない』と。まぁ、隣の部屋で悪巧みをやっているみたいだから奴らとこの店は共倒れだな」
「本当だ。僕も食べてみたけど、この店最悪だよ」
 その場にいた日下部ひよりも辛口の批評をした。
 
 
「で、どうだった?奴らの様子」
 部屋に戻ったきたリンにバットは尋ねた。
「うん、喪黒の密談の相手は凉宮ハルヒだったのよ」
「何っ!あの愛国心旺盛な少女か、他には?」
「そういえば、微かにだけど彼女『サウザーさん』と言ってた」
「サウザー?……!おい、リン!サウザーっていったら関東連合議会でかなりの発言力持っている人物じゃないか!!あの男も何か絡んでいるのか?」
「分からない、そのまま聞いていたらあの情報屋の人が仲居姿で現れたのよ」
「?……ああ、ケンが紹介してくれた……」
 実はバット達は一週間前にこの店で喪黒が密談をするという情報をある情報屋から仕入れていた。その情報屋は拳志郎も利用しており、今回の件で二人は彼から紹介されたのである。
「そうか、後はあの人達次第だな」
「…『天の道を行き、総てを司る』か…」
「?」
「ああ、この言葉ね、ここに戻る途中で男の人と肩がぶつかったのよ。その人が言っていたのよ」
「はあ?何だそりゃ?アホかそいつ…」
 バットも呆れた表情をした。
 
 
「女将さん、本当に申し訳ありませんっ!」
 厨房で料理人の綿貫は壱原に頭を下げて謝った。
「…綿貫」
「はいっ」
「雄山氏はかなり厳しい方よ。あの人が来た時、私はこういう評価が出るのは覚悟していたわ」
「……」
「とにかく、今回の評価をふまえて料理に精進してちょうだい。更に腕を磨く事ね」
「はっ、はいっ!」
 壱原はその時うつ向いている綿貫の後ろで一人ほくそ笑んでいる男を見つけた。
「伊橋!!」
「はいっ!」
 壱原に鋭い声で『伊橋』と呼ばれた男は直立不動になった。
「貴方、まさかこれで自分が花板になれると思っているんじゃないでしょうね!?」
「いっいえ…、そんな事は…」
「そう、ならばいいけど貴方が例え自分の料理を出しても雄山氏は怒るわよ。貴方の実力も雄山氏にとっては綿貫と同じレベルなのよ、それを自分の胸に刻みこみなさい。分かった?」
「は…はい…」
 伊橋は目を伏せてうなだれた。
「はいはい、みんなお客様が待っていらっしゃるんだから仕事に戻って」
 壱原の一言でその場にいた料理人や仲居達は仕事に戻っていった。しかし壱原はほくそ笑んでいる人物がもう一人いたのには気付かなかった。その男は小さな声で呟く。
「ふ~ん、なるほどねぇ、そういう事かい…」

 
3
 「あいよ、天ぷら揚がったよ!」
 「は~い」
 一人の仲居がお盆に天ぷらの盛り合わせを載せる。喪黒達の部屋に酒を運んだ緑色の髪の仲居である。そこへ一人の小太りな料理人が塩が入った小皿を持って近づく、壱原が気が付かなかった男である。彼は周りに気付かれぬよう、折りたたんだ紙を仲居に渡す。二人は目配せするとそれぞれ仕事に戻った。
 
 
「で、雄山先生って人、物凄い剣幕で怒鳴っていたんだよ」
「ふえ~っ、やっぱり噂どおり厳しい人だねぇ、海原雄山って」
 ここはホテル『リック」一階にある喫茶店『恐竜や』。二階にある『怪談亭』出入口の様子を隠れて見ていた少女がこの店員達に見た事を語っていた。
「厳しいといえば…。わしらもそうじゃのう…」
「全くよ!ここの家賃バカ高いんだから!!」
「わしがあんな事で騙されなければ…」
「過ぎた事を言っても始まりませんって!」
 店員の一人である白亜凌駕(はくあ りょうが)は店長である杉下龍之介を陽気に慰める。この男はいつでもプラス思考であり、暗くなりがちな店の中を明るくしている。
「そうよね、凌ちゃんの言うとおりだよ。おじいちゃん」
「ありがとうよ、舞ちゃん」
 龍之介は『怪談亭』の事を見てきた少女に言う。名は白亜舞と言い、凌駕の姪である。
「にしても、あの事ば思い出すと腹が立つたい!!」
と樹(いつき)らんるが福岡弁でまくし立てる。彼女が言う『あの事』とはこの『恐竜や』が以前あった土地を詐欺同然に地上げされてしまった事である。
「あのユダって男が『ここよりも我がリブゲートフィナンシャルが新たに建設するホテルならばもっと繁盛しますよ、何せあそこは一等地ですからね』と言葉巧みにわしに言い寄ってきて、つい、その気になってしもうた」
「で、移ってみたらこんな片隅に追いやるから人も来ない。冗談じゃないわよ!!」
と、龍之介の姪である今中笑里も憤慨する。無理もない、あてがわれたテナントの位置は入口から奥ばった場所にある為、客が入りにくいのだ。
「とにかく、この状況を打開できる方法があればいいのですが…」
と大野アスカが言う。妻のマホロとその妹のリジュエルも渋い顔だ。
「三条さんも仲代さんもここに移った途端、この店を見限ってしまいました」
 三条幸人は整体師、仲代壬琴は外科医。共にカリスマ性を持つ。二人とも『恐竜や』の常連客であったのだ。
「も~う!!あの二人、薄情なんだから!!」
「まあまあ、二人とも忙しいんでしょう。俺が掛け合ってきますよ」
と凌駕が言うと
「僕も手伝いますよ」
とアスカが笑顔を見せて言った。
 
 
 話は『怪談亭』に戻る…。
 
「失礼します。揚げ物でございます」
 と先ほどの仲居がリンとバットのいる部屋に入る。
「ジュンさん!」
「しっ!」
 思わず声を上げたバットに対し、『ジュン』と呼ばれた仲居は人差し指を自分の唇に当ててたしなめた。
「わ、悪りぃ」
とバットは小声で謝る。ジュンは部屋の障子を閉めると座卓に天ぷらの盛り合わせを置く。
「どう?うまくいってる?」
「バッチリよ、例の部屋に仕掛けておいたから筒抜けよ」
「さすが、ケンが紹介してくれた事だけあるなぁ」
「フフフッ、プロですものこんなのはお手の物よ」
「で、どこに仕掛けたの?」
「それは秘密。で、あの部屋での内容はここに置いておくから」
とジュンは天ぷらの盛り合わせの下を指さす。
「分かった。これ取っといて」
 バットは財布から一万円札を出して、ジュンに渡す。
「ちょっと、お客様困ります」
 ジュンはわざと外に聞こえるように言う。
「いいから、いいから」
とバットも外に聞こえるように言いながら彼女にお札を押しやった。
「本当ですか?ありがとうございます」
とジュンはお札を受け取り
「それでは失礼致します。ごゆっくりと」
と言って部屋を出て行った。何を隠そう、彼女とあの小太りの料理人こそ拳志郎が世話になっている私設情報屋『ガッチャマン』のメンバーだったのである。二人は拳志郎の依頼を受けて、半月ほど前からバイトとしてこの料亭に入り込み、喪黒が来るという情報を掴んでバットとリンに詳しい情報を伝えたのだった。
 
「さてと」
とバットは天ぷらを盛った竹かごを上げ、下に敷いてあった紙を取り出して広げた。ジュン達が盗聴噐で聞き取った喪黒一行の話の内容である。
「マボロシクラブ?なんだこりゃ?」
「何か関係あるかもね。え~と、あの凉宮って子、オーブに対する警戒感は強いわね。特にフラガ一族が目障りみたい。ゼーラでリブゲートが出会い系サイト運営会社とビデオメーカーを買収しているわ」
「リン、ゼーラっていうと…」
「ケンが追っているCP9製薬本社がある所よ」
「となると、奴ら絶対提携するな」
「うん、CP9もそれを望んでいるから。後は…中込?確か『アキハバラ@DEEP』って会社に出資している『デジタルキャピタル』の社長…。!バット、この人は」
「ああ、リブゲート内の不正で追い出された男だ。なるほどねぇ、この内容からじゃ分かりにくいがどうやら濡衣を着せられたな」
 二人は小声で読みあう。
「よし、後は帰って今回の事を記事にするだけだ。腹減ってきたから食べようぜ」
「そうね、ここまでにしましょ」
 バットはジャケットの内ポケットに紙を折りたたんで入れると天ぷらを食べ始めた。
「どうなの、味は?」
「ウ~ン、大した事ないなぁ…」
 
「あら、嬉しそうな顔ね。何かあったの?」
 ジュンは女将の壱原に呼び止められた。
「えぇ、心付けをいただきましたので」
とジュンは笑顔で答える。
「あら、よかったじゃない。そうそう、あの花瓶はかなり素敵な色合いだってお客様からお誉めの言葉をいただいたわ」
 その花瓶とは喪黒一行の部屋に飾ってある物だ。三日前、ある仲居が誤って前の花瓶を割ってしまった。その時にジュンが今の物を探してきて代わりに置いたのだった。
「ありがとうございます。そう言っていただけると何よりですわ」
「部屋の雰囲気づくりは貴方に任せてもいいかもね」
「そんな…、女将さん」
「まぁ、その時はお願いね」
「はい」
 ジュンは壱原に頭を下げると仕事に戻る。
(フフフッ、まさかあの花瓶が盗聴噐とは誰も気付かないわよね)
 彼女は心の中で呟く、それもそのはず、実は花瓶そのものが盗聴噐であり、三日前のアクシデントを利用して仕掛けたのであった。そこから聞こえる話はあの料理人がワイヤレスのイヤホンの耳に届く仕組みになっていた。厨房に戻ると例の料理人が近づき、小声でジュンに囁く。
「うまく渡したかい?」
「えぇ、もちろんよ、竜」
「おい、何喋ってるんだ。仕事しろ!」
「は、はい。すみません」
 番頭の百目鬼に怒られた二人は仕事に戻った。
 
 
 さて、その頃、『五車星出版社』の事務室のソファーで一人の男が寝ていた。その男に編集長のリハクが近づいて言う。
「おい、ここで寝ているなら帰れ。閉めるぞ」
「ウン、フアーッ。分かりましたよ。お疲れさんです」
 男はあくびをして起き上がる。果たして何者であろうか…。
 
 
 
編集者あとがき:
 今回、大教授ビアスをライブマンから採用したのには社会の闇を描く必要があると判断した為です。
 大体が根回しで終わっているのが今の社会で、正々堂々と門戸を開くことすら出来ないのが実態です。そこだけでも改善すればいいのに無理なTPPで過激な行動に踏み切れば、社会は大きな混乱を招くだけです。
 また、最近の盗聴器もそうですが盗撮器も凄まじい小型化が進んでいます。花瓶ていどならまだしも、ペンに偽装したカメラとは驚きです。

 
著作権者 明示
『ツバサ-RESERVoir CHRoNiCLE-』 (C)CLAMP
『科学忍者隊ガッチャマン』 (C)タツノコプロ
『アキハバラ@DEEP』 (C)石田衣良
機動新世紀ガンダムX  (C)創通・サンライズ 1996
『天才柳沢教授の生活』 (C)山下和美・講談社
『カードキャプターさくら』 (C)CLAMP
『超獣戦隊ライブマン』 (C)東映 1988-1989
『XXXHOLiC』 (C)CLAMP
仮面ライダーカブト (C)原作 石ノ森章太郎、 テレビ朝日、東映、ASATSU-DK 2006-2007
『味いちもんめ』 (C)原作:あべ善太、作画:倉田よしみ
『涼宮ハルヒシリーズ』 (C)谷川流・角川書店 2003-
『美味しんぼ』 (C)原作:雁屋哲、作画:花咲アキラ 小学館 1983-
爆竜戦隊アバレンジャー (C)原作 八手三郎、脚本 荒川稔久 他 テレビ朝日・東映・東映エージェンシー 2003 - 2004
『笑ゥせえるすまん』:(C)藤子不二雄A  中央公論社  1990
 


 読者の皆様へ
 アメブロの記事の再編成に伴い、過去の作品を再掲載させて頂きます。

派遣国会議員外伝『真実の礎』第一話(Neutralizer)

1
 
 喪黒福造がリブゲートを使って壬生国に進出しようとしていた頃…
 その男は成田空港に着いたばかりだった。男の年齢は30代後半といったところか、体つきは格闘技をやっていたせいか筋肉が隆々とついている。
 「到着便のお知らせです。ヘルシンキ発19:00着フィンランド航空73便は…」
 空港内に旅客機発着案内のアナウンスが流れる。男は手続きを済ませ出入口に向かう。出入口近くの柱の一つにグラビアアイドルの小津芳香のポスターが貼られこう書いてあった。
 『麻薬は使ったら人生終わりだよ、絶対ダメ!!』
 それをチラと見て男は外へ向かう。

 男が向かった先は横浜にあるとある教会の墓地だった。手にはバラの花束を持っている。近くの花屋で買い求めたものだ。海が見える一角にある墓の一つまで来るとその墓の前に花束を置き、こうつぶやく。
「…ユリア」
 遠くから「ボオーッ」と船の汽笛の音がした。
 
 次に男が向かった先は東京にある小さな出版社だった。看板には『(株)五車星出版社』と書かれている。
 発行部数は大手出版社ほどではない。しかしここで出版されている『週刊北斗』は今まで数々の事件や不正などを冷静に取り上げていることから一般人や一部の知識人には人気があるのだ。
 
「ケン!」
 社内の事務室で男の顔を見るなり一組の男女が歩み寄ってくる。二人とも20代前半である。
「リン・・・バット!」
 ケンと呼ばれた男は思わず微笑む、この男こそ数々の政治家や企業の不正を暴き、後に『真実の礎を築いた男』と言われた霞拳志郎である。


2
「ケン、どうだった?福岡での調査は?」
 バットが尋ねる、拳志郎は三日前から福岡である疑惑について調査していてその被害者の一人に会ってきたのだ。
「高畑夫妻の事か…。やはり、あの血液製材で夫が肝炎を起こしたそうだ。入院先もあの病院だ」
「サザンクロス病院か、くそっ!いまだにCP9製薬のやつを使っているのか!」
 バットが言うサザンクロス病院は塔和大学付属の病院であり、最新設備がかなり充実している大病院であるが一方でゼーラにあるCP9製薬から賄賂をもらっているなどの黒い噂が絶えない。特に血液製材『エニエス』は加熱処理されていないという疑惑がある。しかもCP9製薬にはリブゲートと提携しようとする動きがあるという話もあるくらいだ。
「リン、喪黒という男の事についてはどうなっている?」
「う~ん、まだ調査中、というより壬生国出身ということ以外つかめてないのよ。とらえどころがないというか…」
「拳志郎君」
「編集長!」
 拳志郎が振り返ると60代の男が立っている。名はリハク、『五車星出版社』の編集長である。物腰は低く、社内から慕われいる一方、社会正義を貫く一面もあり拳志郎を高く評価しているのだ。
「どうだね、福岡での成果は?」
「はい、彼らにも言いましたが高畑氏は半年前に胃癌の手術を受けた際に『エニエス』を投与され、その後C型肝炎を発症しております。福岡の病院で診てもらったところ、やはりあの『エニエス』が原因ではないかと言われたそうです」
「ふむ…」
「しかし、それが原因だという決定的な証拠が無いのでサザンクロスとCP9の不正のつながりを示すには」
「ふむ、弱いか…」
 リハクは右手を顎にやり、考える顔だ。
「ケン、あのビアスが鍵じゃないのか?」
「あの男か…」
 ビアスは塔和大学医学部の教授であり、『エニエス』の安全性を声高に主張している人物である。
「…もう一度あたってみるか…。編集長、俺は塔和大へ行ってみます」
「分かった、無駄かもしれぬが何か新しい情報が掴めるかもな」
「はい」
「だが拳志郎君、釈迦に説法かもしれぬが権力を持った者は手強いよ」
「はい、重々承知です」
「それに拳志郎君、シンは…」
「編集長、やめましょう、その話は」
 拳志郎は遮る。シンはサザンクロス病院の院長であり、拳志郎とは親しい間柄であったのだ。
「ケン、俺は引き続き喪黒の方を探ってみる」
「私も」
 リンとバットは取材道具を持って事務室を出る。二人は幼い頃から拳志郎に可愛がられ、彼の影響を受けてジャーナリストになったのだ。ちなみに二人は結婚したばかりであり、結婚の仲人をしたのも拳志郎だった。
「二人とも無茶するなよ」
 リハクが声を掛ける。
「分かってますって」
 バットが笑顔で答える、しかしその顔に曇ったところがあるのを拳志郎は見逃さなかった。
 
 
 同じ頃、サザンクロス病院では…
 
「院長、ロブ・ルッチ常務がお見えです」
「…通せ」
 鋭い目をした男が部屋に入り、シンを見据える。それともう一人…。
「会長、貴方もいらっしゃってたとは」
 戸惑いを見せるシン。会長と呼ばれた男は顔からしてずるがしこそうな相である。
「シン、どうだ?経営は?」
「おかげさまで順調です」
「そうか、フフフ…」
「しかし、例の『エニエス』の件でブンヤが…」
「フン、ほっとけ。こっちにはビアス教授のお墨付きがある」
「そうですよ、院長。『エニエス』の安全性は保障されています。第一、肝炎にしても感染ルートはいっぱいありますしね。それに万が一のことがあっても我が社のスパンダム社長が手を打っています」
 ロブ・ルッチもニヤリと笑う。シンは黙りこくる。
「いずれにせよ、あのヴァルハラをしのぐ事ができればこの病院の株は上がる」
「そうですな、ジャコウ会長」
 二人は笑う。ジャコウは財団法人『元斗会』の会長であり、前任のファルコを狡猾なる手段で追い落として今の地位を掴んだ。ちなみに何人かの政治家もこの会のメンバーである。
 二人が笑っているのをシンは複雑な心境で見ていた…。
 
 

3
「そんな…」
 サザンクロス病院近くのアパートの一室で、パソコンを使いインターネットを見ていたサザンクロス研修医、水野亜美は絶句した。
 無理もない。病院で使われていた血液製剤『エニエス』によってC型肝炎が蔓延しているというニュースを見ていたからである。しかもそこには詳細な情報があるだけでなく、今まで『エニエス』を投与された患者が憤っている文章まで書かれていた。
(まさか…。あれは安全面は保障されているって先輩達が言っていたのに…)
 亜美の顔から血の気が引いていく…。
(どうしよう…。誰かに話そうかしら?でも…)
 亜美は迷っている。下手をすれば…。元々医者に憧れて塔和大学医学部に入ったのだ。それなのに…、自分の勤めている病院の黒い噂を彼女も知っていた。

 同病院外科医、伝通院洸もまた『エニエス』の事で悩んでいた。半年前に高畑和夫という男性を手術した際に使っていて、彼がC型肝炎にかかり、妻の魔美が病院に抗議してきたのだ。洸はその時も手術で彼女には会わなかったが後でその事を聞き、愕然としたのだった。
 (何て事だ!安全だと言われてた物で症状が出るとは…。ならば早めに『エニエス』の代わりを使わなければならないのに…。このまま、あれを使い続ければ「しまった!」となってからでは遅い)
 彼は廊下を歩きながら悩み続ける。
「…先生」
 一人の女性看護師が彼に呼びかける。
「先生!!」
 二度目の声に彼は掛けられた方向を振り向く。
「なんだ、魚住君か」
「『魚住君か』ではありません。先生、深刻な顔をしてますよ。何かあったのですか?」
 看護師の魚住愛が心配そうな顔で尋ねる。
「うむ…」
 洸は答えようとするが言いよどむ。病院の黒い噂は彼も知っていたのだ。
「もしかしてあの件…」
「魚住君!」
 洸は愛を制す。
「あの…、伝通院先生」
 二人が振り向くと研修医の亜美が立っていた。
「水野…君?」
 洸が亜美に何か問おうとした時、
『伝通院先生、伝通院先生、至急手術室までお越しください』
 と呼び出しのアナウンスが流れる。
「水野君、話は後で聞こう」
 洸は更衣室へ向かう。
「水野先生、話なら私が聞きますけど…」
「ありがとう、でもいいの。ごめんなさい」
 亜美は愛の好意に礼を言いながらも胸の内を明かせなかった。
 
 
 次の日は土曜日だった。亜美は非番なので中学時代からの友達と会う約束をしていた。ちなみに病院は下総国船橋にある。亜美は電車で麻布十番へ出かける。彼女は麻布十番の出身なのだ。
 
「ねぇ亜美ちゃん、何か顔色悪いよ?」
「そうよ、亜美はおとなしいからあまり喋らないけど今日はおかしいわよ」
 ここはとあるレストラン。親友の地場うさぎ(旧姓:月野)と火野レイが心配する、木野まことも沈んでいる亜美の顔を覗く。
「ご、ごめんなさい、ここのところ忙しかったから…。アハハハ…」
 亜美は笑ってその場を取り繕う。
「亜美、あの病院、やめたほうがいいわよ。あそこの噂、私達も知っているんだから」
 レイが言うと他の二人もうなずく。
「ありがとう。でも…、あそこにいるのは四年間だから」
「あ、そうだった。亜美ちゃん塔和大だったっけ。忘れてた」
 うさぎが笑顔で言う。
「…にしてもヴァルハラの方がまだましよね」
「そうそう、あそこの医者はかなり優秀よ…。あ、亜美何も貴方のところの悪口を言ってるわけじゃないから」
 亜美は友達に色々言われながらも例の事を考えていた。
 
 その一方、亜美の席の背中越しの席で食事している顔の一部が青黒い男と小さな女の子がいる。
「ちぇんちぇ~、聞いた?うちろの人達のはなち」
「ピノコ、いいから食べなさい。俺達には関係ない話だから」
 
編集者 あとがき
 この作品は『Break the Wall』シリーズに影響された我が盟友が立ち上げた外伝です。
 薬害問題、医療問題など様々な問題をこの作品は取り上げており、それらを表現することの困難さを乗り越えようとしています。
 なお、アメブロにあった原本は削除しています。ご了承下さい。

 
著作権者 明示
『北斗の拳』・『蒼天の拳』 (C)原作:武論尊、作画:原哲夫 NSP
『ONE PIECE』 (C)尾田栄一郎・集英社
『超星神グランセイザー』 (C)東宝 2003-2004
『ブラック・ジャック』 (C)手塚治虫
『美少女戦士セーラームーン』 (C)武内直子・講談社
『エスパー魔美』 (C)原作:藤子・F・不二雄
『魔法戦隊マジレンジャー』 (C)東映・東映エージェンシー・テレビ朝日
 

「あの男、どこまで卑劣なことをしでかすのだ!」
「落ち着け、これは序章だ。私はまだまだあの男は何か企んでいるような気がする」
 朽木白哉はリュウオーンをなだめる。
「それにカイオウはしっかり反撃の準備を始めている。案ずるな」
「そうであった…」
「お前が俺達とカイオウのつなぎなんだ、切れて大事になっては困るぜ」
「そういえば、ラオウの息子だがどうなった?」
 白哉は不安そうに聞く、ラオウには愛人のトウと一人息子のリュウがいる、その二人が戦渦に巻き込まれることをラオウは何よりも恐れていたのだ。
「小淵沢というリゾート地に避難させているそうです。どこかまでは分かりかねますが」
「さすがにラオウだ」

「ふん…、やはり俺も想像した事態になったな」
 浜松の工場跡地…。一応隠れ蓑として商業施設の建設現場にした場所がカイオウら地下組織『チューブ』の基地だった。
「カイオウ、お前はどう思うのだ」
「喪黒は首相になったらまず最初に俺達壬生国軍を解散させると踏んでいたので、朽木派と和解した際に武器の横流しで一定の量を確保した。後はお前らメンバーがどう動くかだ」
 背広姿の男がカイオウと話す、この男は姿三十郎といい、科学アカデミアに2年前までつとめていた科学者であるのだが壬生大学に誘われて教授になっていたのだ。
「教授、全員そろいました」
「よし、向かおう」
 青年に声を掛けるとカイオウは厳しい表情になった。そのまま姿と青年と一緒に部屋へと向かう。そこにそろう若者達。
「俺がカイオウだ。今回喪黒が汚い手法で政権を奪ってしまい、壬生国はこのままではアメリカの植民地になってしまうことは間違いない。うぬらの力を貸してもらいたい、頼む!」
「とんでもありません、カイオウ先生!俺達は今回の選挙で周囲が圧力に苦しんでいたことを聞かされて何とかしなければならないと思っていました!」
「そうですよ、我々はこの国に生まれ育った者達です、国王陛下がこのままでは危ないのは間違いありません」
「そうだったな…、陛下も懸念を示されておられたな…」
 海津タケルに言われてカイオウは苦笑した。黒い服装にショートヘアの女性が立ち上がる。
「カイオウ様、我々も義勇兵を独自に集めております、詳しくはフーミンから説明があります」
「イガム様から紹介を戴きましたフーミンです」
 紫色のジャージをまとった女性が厳しい表情で話す。
「すでに今回無理矢理投票させられた人達がカイオウ先生の義父である浜松の本間自動車の経営陣の協力を得てリブゲート関連企業の従業員を勧誘し始めています。彼らは組織形成で動いています。アングラー組織は確実にできております」
「分かった、だが水一つ漏らさず確実に動け」
「裏切り者がいたら始末しますぜ」
 緑色のジャージをまとった男が手元の竹刀をぶんぶんと振るう。
「バラバ、そこまでするな。今のところ俺達が不満を聞いているから裏切り者はいないじゃないか」
「そうだったな、ケンタの言うとおりだった」
「バラバは本当にこの国を愛しているんだな」
「母子家庭だった俺達を前陛下は受け入れて育ててくれた、国王陛下は俺を弟のようにかわいがってくれた、この国に何一つ不平不満はない、あるとしたら余計なことをしでかす喪黒だ」
 銀色のジャージをまとった男が頷く、彼はキロスといい、彼が義勇兵に策略を教えているのだ。
「カイオウ先生、後もう一人この場に誘いたい男がいるんです」
「うぬは」
「広田アキラといいます、今年で16歳になります。リセとセトと一緒に参加しています」
「そうか…、でその男は?」
「彼はごまばかりすっているんですけどいざという時にはうまい策略を立てることができます。俺は彼から将棋を習っているんですけどいつもどうやっても勝てないんです」
「将棋だけでは策略家とは言い難いわよ」
 永田ハルカ、前田モモコが言う。だがアキラは続ける。
「キロスは現場でタケルの補佐を務めたり指揮を執るのはうまい、外交に強い人が今回チューブにいます、でも軍事全体を押さえる策略家が必要なのは確かです」
「そこまで気を遣うな、アキラ。俺は好きでやっているんだ」
 呆れ気味のキロス。だが、彼もアキラが気を遣っていることを知っていた。
「うぬの言うとおりだな、よし、俺がその男と話してみよう。その男について聞かせてくれ」
「鬼丸光介といいます、ウルフライといいいつもごまをするんですが、鋭い観察眼と予測に長けています」
「あの男か…!分かった、うぬの言うとおり、誘いを掛けよう。葉隠、彼と接触してくれ」
「引き受けましょう、私がボルト大佐とライ少佐と接触した折りに行きましょう」
 葉隠朧は頷く、カイオウ率いるチューブの外交部門として、カイオウの参謀役を引き受けることになった。後にチューブは壬生改革党となるのだが、これはまた別の話になる。


 場所は変わって…ここは森という地名の町…。
 ここに教育法人『逆十字会』が設立した中高一貫校『私立鳳学園』があった。

『理事会よりお呼び出しのお知らせを致します。高等部一年D組葉隠覚悟君、理事長がお呼びです。至急、理事長室まで来て下さい。繰り返します…』
「おい覚悟、また君か?」
 ここは鳳学園高等部一年D組の教室。ピンクのストレートロングヘアーで男装をした女子生徒、天上ウテナがいかにも生真面目で眼鏡をかけた男子生徒に声をかける。その声をかけられた生徒こそ、校内放送で呼ばれた葉隠覚悟である。
「……」
 覚悟は無言で自分の席から立ち上がり、教室を出ようとする。そこへ
「葉隠君、また理事長から?」
と頭の後ろを赤いリボンで結んだ女子生徒、堀江罪子が声をかける。彼女は覚悟とはクラスメートであり、恋人同士でもある。
「…はい」
 ここでも覚悟は余計な事を一切喋らない。短く返事をしただけだ。
「君ってホンットに無口だなあ。どうしたらそうなるんだ?」
「ウテナさん!」
「よお葉隠、また呼ばれたってなあ」
 覚悟の悪友である覇岡大(ひろし)も彼に声をかける。が
「すまないが急ぐので失礼する。ウテナ、君からの問いへの答えだがこれは父上の教育の賜物だ」
と覚悟は無表情に答えると教室を出て行った。
「ふ~ん、父親のねぇ…。アイツの父親ってきっと固い性格なんだろうなあ…」
「そりゃあ、この学園の前理事長だからな」
 ウテナの一言に覇岡が答える。因みにその覚悟の父、朧は彼の祖父(覚悟にとっては曽祖父)が第二次世界大戦中、科学部隊『葉隠瞬殺無音部隊』を率いて蛮行や非道な人体実験を行った事を大いに恥じ、祖父のような人間を生み出さないことを心に誓って教育のことで同調した不動GENと共に教育法人『逆十字会』を設立、その初代理事長となり『鳳学園』を開校した。今は理事長の座を不動に譲り、壬生国正国会議員となって教育問題に取り組んでいた…。

「あ、葉隠先輩」
 理事長室に向かう途中の廊下で覚悟は中等部二年の夢原のぞみに声をかけられる。
「また理事長室ですかぁ?」
「…そうだ」
「よく呼ばれますねえ、何かやってらっしゃるんですかぁ?」
「……」
「あっ、分かった!ひょっとして学園祭について会議を行っているとか?」
「違うな、だったらそれは生徒会がやっている」
「あ、そっかあ…。じゃあ…」
とのぞみが何か言おうとした時、
「あっ、いたいた。のぞみ~っ!!アンタ次の授業に遅れるわよ!次は理科なんだから急ぐわよ理科室へ!!ただでさえガリレオ先生は遅刻に厳しいんだから!!」
と彼女のクラスメートであり、親友でもある夏木りんが彼女の腕を掴んで引っ張っていく。
「えっ、ちょ、ちょっと待っ…あ~んっ!!りんちゃんの意地悪ぅ~っ!!」
とのぞみが手をバタつかせながら叫ぶもりんは彼女の声に耳を貸さずに理科室へ連れて行った。その光景を中等部一年の春日野うららが苦笑しながら眺めていた。一方覚悟も同じ光景を見届けるとスタスタとその場から歩いて去った。

(あら?)
 中等部三年の秋本こまちもまた、覚悟が理事長室に向かうのを見ていた一人である。
「どうしたの?こまち」
 こまちのクラスメートであり、中等部生徒会長の水無月かれんが近づき、彼女に話しかける。
「かれん、あれ」
 こまちが覚悟を指差す。
「葉隠先輩じゃない。そういえばまた理事長から呼び出しがあったようだけど…。」
「葉隠先輩だけじゃないわ、高等部の人も何人か呼ばれてるし…あ、かれん、幹君を知ってる?」
 彼女が言った『幹君』とは中等部二年で秀才の薫幹のことである。
「ああ、あの女子に人気のある彼ね。そういえば、彼も理事長室に呼ばれてるわね」
「一体理事長室で何をしているのかしら?高等部の生徒会の人も呼ばれたし…生徒会に関係があるのなら、かれんも呼ばれるはずなのに…」
「さあ…」
 結局、二人には分からずじまいだった…。

コンコン
「失礼します、葉隠覚悟入ります」
ガチャ
 覚悟が理事長室に入ると主だった教師や生徒が何名かいた。その中には彼の兄である散(はらら)の姿もあった。
「どうやら、全員来たようだな」
「では始めましょうか、理事長」
 現理事長、不動GENに副理事長である知久が促す。
「さて、君達を呼ぶのはこれで二度目になるか…。君達を優秀な生徒と見込んで一人独りに話してきたが…」
と不動は一度言葉をとぎる。
「理事長、どうされました?」
と学園長である鳳暁生(あきお)、が顔を伺う。彼はオーブ王立大学卒であのギルバート・デュランダルの国際的な感覚に影響を受け、壬生国に戻ってからも国内の学校とアメリカの中堅私立大学などとの国際交流を築きたいが為に壬生国立大学の学長の座を密かに狙っていた。だが、喪黒政権が誕生してからは壬生国立大学長には大河原という喪黒シンパの男が就任した為、内心憤りを感じてこの計画に積極的に参加している。
「いや、すまない。まだこの計画に躊躇いがあるのでな…」
「理事長!」
「分かっている、弱気は禁物だったな」
「なら最初からこんな計画やらなければいいではないですか」
 高等部三年の有栖川樹璃が口を尖らせる。彼女はフェンシング部の部長を務めている。
「フッ、相変わらず一言多いな。理事長とてこの学園の設立方針とこの計画との矛盾は既に承知し、悩んだ末にGOサインを出しているんだ。躊躇いが残るのも無理は無い」
と言葉を返すのは高等部生徒会長である桐生冬芽。彼は剣道部の部長も兼ねている。
「そんなに嫌なら手を引いてもいいんだぞ、有栖川。お前一人いなくても十分だがな」
と冷えた言葉を言うのは高等部生徒会副会長兼剣道部主将を務める西園寺莢一。彼は性格が粗暴であるがためにこういう言葉を男女関わらず平気で言う。
「何だと!?」
と樹璃が莢一を睨む。
「やめておけ二人とも。つまらぬ言い合いなぞ美しくないぞ」
と覚悟の兄、散が二人に笑顔を向けながら嗜める。彼は高等部生徒会の書記と美術部部長を務めている。尚、散は弟の覚悟と共に父である朧から曽祖父:四郎が開発した格闘技『零式防衛術』を学び、身につけた。その事を聞きつけた冬芽から剣道部に誘われたこともあったが「戦いにも美しさが必要だ」という彼独自の美学でそれを断り、美術部に入ったという逸話を持つ。
「…」
「…フン!!」
 窘められた樹璃は黙り、莢一はあらぬ方向に顔を背けた。
「フッ、他愛も無い…」
「おいおい散、あんまり西園寺を苛めてやるな。ただでさえ、お前からいつも窘められているんだからな」
と散に笑顔を向けながら言う冬芽。
「はて、私は苛めているつもりはないが?」
「あのう、そろそろ本題に戻っていただけないでしょうか」
と高等部一年の 紅麗花(ホアン・リーファ)が言う。彼女はサイコメトラーで学力も優秀だった故に呼ばれた。尚、覚悟とは別のクラスになる。
「そうだったな。さて君達には前に話したとおり、静岡に行ってもらうことになった。表向きは国会の研修ということになるが…」
と不動が続きを言おうとした時、
「理事長!!」
と突然、葉隠兄弟が大声で制す。
「!?どうした、二人とも」
 その声に驚く学園教頭の影成。
「静かに」
と覚悟はそう言って注意するとドアの前に音を立てずに近づき、ドアを勢いよく外へ開けた。
「!!」
「やばっ!!」
 その横にはウテナともう一人、金髪の女子生徒が聞き耳を立てていた。

「ウテナ…」
「シルヴィー!!何故お前がここに!?」
 呼ばれた生徒の一人、高等部一年のシリウス・ド・アリシアは驚きの声を上げた。何故なら妹である中等部二年生のシルヴィアが盗み聞きしていたからだ。
「…だって…お兄様の役に立ちたかったから…気になって…」
「フッ、そうではないだろう。もしかしてコイツにそそのかされたか?」
と散がシルヴィアに言う。その彼は一人の男子生徒の襟を掴んでいた。
「アポロ!!お前もか!!」
 シリウスが叫ぶ。そう、散に襟を掴まれている生徒こそシルヴィアのクラスメートであるアポロであった。
「ちぇっ、気づかれないと思って隠れたつもりだったけどよ」
「それにしても野生児のことはあるな、お前。窓側から忍んで聞いてたとは」
と感心しながら言う散。アポロは大胆にもこの理事長室と同じ階にあった視聴覚室の窓から踊り場をつたって忍び入ったのだった。
「理事長…」
「困ったことになった…」
と呆れる不動以下教師一堂。
「なあ、一体何の集まりだ?シリウスといい、この連中といい」
「アポロ!!お兄様にタメ口で言わないでよ!!それにここにいる人達は上級生が大半よ!!」
とシルヴィアが叫ぶ。
「静かにしてもらおうか、二人とも」
と注意する不動。黙りこくる二人…。
「さて、天上君。君は何故ここに来た?」
と不動に尋ねられたウテナは
「いやあ…そのう…覚悟が何度もここに呼ばれているのがどうしても気になっちゃって…それで…」
と後ろめたい表情をしながら答える。
「…ふう」
とため息をつく覚悟。
「理事長、いかが致しましょうか?この三人をこのまま教室に帰すわけにもいきませんし…」
「ならばいっそ今回の計画に加えたらいかがですか?」
とその場の全員に提案する冬芽。
「彼らをかね!?」
「どうせ秘密裏に事は行われるのですから帰すわけにいかないのは当然ではないですか。それにこの三人も知力はともかくとしてそれぞれ身体能力には秀でています。参加できる資格はあるのではないですか」
 ウテナは年齢からして中等部なのだがスポーツの成績が優秀だった為、この学園の飛び級制度で一足早く高等部に入れた。アポロは野生児の面が強く出ており、視力は5.0で鼻と勘が鋭い。シルヴィアの場合は女子の平均以上の体力と怪力を持っている。
「私も冬芽に同意する。彼らとて今回の計画に参加する事によって彼らの美しき能力が発揮させることであろう」
と散。
「お前は何事にも『美』を当てはめるのだな」
「当然、何事も優雅でなくては意味がない。さて他の方々は?」
と散が尋ねる。
「…しかたがあるまい、いいだろう」
「兄上がそう言われるのであれば私は何も言いません」
「…勝手にしろ、その代わり俺は厳しく指導するぞ」
「西園寺、お前の場合は粗暴さを言い換えただけだろう。今回はお前がリーダーとはいえその粗暴さをある程度抑えなければリーダーとして美しくないぞ」
「何とでも言え!」
「聞いての通りだ、三人とも。先生方もよろしいですかな」
「…分かった、許可する」
と不動以下教師一堂も冬芽の案を受けることにした。
「お兄様!」
「よかったな、 シルヴィー」
「よっしゃあ!!」
「ありがとうございます!」
 喜ぶウテナ、アポロ、シルヴィア。が
「だが君達に言っておく。今回の事は秘密裏に行われるものである。その為、ここでの事またはこれから我々がやる事一切を他人に口外しないように。いいね」
と不動に釘を刺された。

 翌日…。
「カイオウ先生、私立鳳学園より特別研修会の生徒を連れてまいりました」
「おお、よくぞ来た」
 ラオウの私邸、『黒王邸』でラオウ・カイオウ兄弟は引率の教師、ジャン・ジェローム・ジョルジュと生徒達とを引見した。
「俺がカイオウだ。諸君等は不動理事長から聞いての通り、我が地下組織の一員として活躍しもらうことになる」
「表向きは我が国の国会研修という形ですね?」
と覚悟が言う。
「おお、うぬが葉隠の倅か。そうだ、表向きはということになる。尚、一部の者にはこの黒王邸で書生となってもらう」
「何か面白そうなことになってきたな、アポロ」
「ホントだよな」
 ウテナとアポロは集団の後方でひそひそと話し合う。
「ではそれぞれの役割分担を伝える。この分担に従って行動してもらいたい」
とジョルジュが言った。


「首相陛下、アメリカ軍の進駐に続いて今度は増税路線ですな」
「ホッホッホ、その通りです。消費税を25%もあげてしまい、法人税も所得税もしっかり取る。我が国の税収入は一気に改善できます」
「だが、補助金でキャッシュバックする仕組み。我々ハヤタには痛くも痒くもありません」
 喪黒に同席しているのはハヤタ自動車社長の早田敬一である。この男が喪黒に賄賂を贈り、増税路線に賛成する代わり、補助金という形で税金のキャッシュバックをはかることで合意していた。しかも、将来はあの広東人民共和国に大規模な工場を造り移して日本の従業員は解雇する計画だ。ここは大松百貨店浜松店…。
「そして次はエズフィト並のタックスヘイブンですな」
「その通りです。早田社長、あなたにもしっかり稼いでいただきますよ」
「今日は何をするつもりでしょう、首相陛下」
「消費税前の駆け込み需要購入です。宝石ですよぉ」
「喪黒首相、今度の増税提案の前に駆け込み需要で買い占めるんですな」
「その通りです、しかも他国に特別価格で売れば私はぼろもうけです」
 早田に喪黒はにやにやと笑う。店長はにこにこ笑っている、だが店長の側で接客支援に入っている男は愛想笑いをしながら時計を見る。
「ホーッホッホッホ、さあ、店内の宝石をありったけ買いますよ。その代わり安くしてくださいねぇ」
 青ざめる店長に喪黒が大金をばらっと見せつける。これに群がる店員達。
「宝石は店内でおおよそ10億円ほどありますが…」
「この店ごと買いましょう、ホッホッホ…」
 6人の店員達が現金1000万円の束に飛びつく、だがその光景をさめた表情で見ていた人達がいた。すでに宝石はボーナス分で10億8000万円、そして夢魔子が前もって選んだブルーサファイアのネックレスには50万円と大振る舞いだ。
 店員は店を閉店処理する。そして店を閉めるとSPに宝石を搬出するよう頼む。開店から2時間もしないのにこんな事では信頼はない。
「おかしいじゃないですか、なぜ店を閉めるんですか」
「お客様、開店休業になってしまいました、申し訳ありません」
 店員が頭を下げる。他のお客も不満そうな表情だ。その中で詫び続ける従業員の中村美緒。
 だが彼女がもう一つの顔を持つとは誰も知らなかった、そう、彼女は閉店処理とクレーム処理を終えるとトイレに駆け込む、そして用を足すように見せかけて音消しをわざと使いながらスマートフォンで電話を始める。ちなみにスマートフォンは小声でも十分音が伝わる。
「もしもし、タケル?あの人が来ていて、店中の宝石を買い叩いたのよ。それで次は消費税を食料品も含めて20%も値上げするみたいよ…。…、分かったわ、イガムお姉様にも伝えるわよ」
 一方、同じようなことを伝えた従業員がもう一人いた。その人物の場合は直接ではなく、隠し撮りして録画した会話内容と暗号を使ったメール相手に送っていた。
「これでよし」
 そう、その従業員こそGINの特別潜入捜査チーム『仕事人』のメンバーである村上秀夫であった
。ちなみにこのスマートフォンはGINがロシアの軍技術研究所を買収して開発したものだと言うことは誰も分からない。彼は密かに憤っていた。
-------あの男め、どこまでも破廉恥なことを…!!

「よし、これでいいだろう。試しに弾いてみてくれ」
「は~い」
 場所は変わって、川崎にあるのだめと千秋のマンションの一室。二人は顔なじみの調律師にピアノの調律をしてもらっていた。調律師の名は山田勇次、絶対音感の持ち主で腕はかなりのものだ。しかしそれは表の顔、前にも説明したが(作者註:『真実の礎』第31話参照)実はGIN直属の潜入捜査チーム『仕事人』のメンバーでもある。
「さすが山田さんですぅ。音律が絶好調ですぅ」
「うん、いい音色だ。俺の想像を掻き立てさせる」
「そうか、それはよかった。それにしてもよかったな、川崎でのコンサートができるようになって」
「ええ、会場がリブゲートに買い叩かれてしまいましたが高野さんのおかげで別の会場を用意していただきました」
「ホントですぅ、大成功ですよ」
「うん、渡君もあの件を聞いたとき肩を落としてがそれを聞いたらほっとして君と同じことを言っていたよ」
 山田の言う『渡君』とは彼の知り合いであり、バイオリン製作に情熱を燃やす少年、紅渡のことである。因みに渡の父親である音弥はバイオリン製作の名手であり、親子共々名職人である。
 ピンポ~ン
玄関からチャイムが鳴る。
「あ、高野さんだ」
「来てくれたか、俺が迎えよう」
と言って千秋は玄関に行き、部屋に広志を向かえる。
「ああ、これは山田さん。いらっしゃってたのか」
「どうもこんにちは。お世話になります」
「今、山田さんに調律してもらったところなんですぅ」
「そうなのか。うん、いい音色だ」
「高野さんも先輩と同じこと言ってますね」
「ハハハ、そうか」
 広志は頭を掻きながら笑うと勇次に顔を向け、
「山田さん、せっかくだから俺の知り合いの所のもお願いできますか」
と勇次に頼む。
「いいですよ、もうこのピアノの調律は終わりましたから」
と快く承諾する勇次。
「あれ?高野さん、知り合いにピアノ持っている人いるんですかぁ?」
「ああ、エバンズ卿を知っているだろ?あの人だよ」
「あ、な~るほどね」
「では山田さん、代金を」
と千秋は言って勇次に調律の代金を手渡す。
「確かに、では領収証を書きますので」
と勇次は鞄から領収証を取り出すと代金と千秋の名前を書いて手渡す。
「それでは私はこれで」
「ありがとうございますぅ、山田さん。またお願いしますねぇ」
 勇次と広志は千秋・のだめの部屋を出る。二人は広志の部屋に向かい、中に入っていった。二人はリビングのソファに座る。
「さて、山田さん。報告は中村さんから一応聞いているけど詳細を聞こうか」
「はい、CEO」
 勇次は『仕事人』としての顔に変わる。

「奴らの不正のからくりはどうだ」
「圧力を受けた被害者達がすでに証人になって証拠は集まってます、彼らは全員CEOのご指示で昨日客船に乗せて避難させました」
「上出来だ、海外旅行を装っておいたのはさすがだ。だがパスポート発行には骨が折れたがね」
 『仕事人』チームにはリブゲートと壬生国への潜入調査以外にもう一つの任務がある、それが勇次が報告した喪黒一派から被害を受けた人々を探して証拠を見つけ、更には保護の為に彼らを安全な場所に密かに避難させることである。この提案を行ったのは広志と同じくスコットランド王室から支援を受けているGIN・CEO補佐でもある財前丈太郎であることは言うまでもない。廃船寸前の高級客船を買い取り、広志を通じてゴリラの黒崎高志が調達した休眠会社を使い旅行会社であるかのように装って三日前に高級客船を壬生国・清水港に入港させてそのまま証人全てを避難させたのだった。今頃は大西洋で事情聴取を受けているはずだ。
 ピンポ~ン
こちらでも玄関からチャイムが鳴る。
「CEO」
「大丈夫だ、久利生さんだろう。俺が出る」
と広志は玄関に向かい、客を中に入れた。相手は広志の言ったとおり、久利生公平だった。
「おっ、山田さんじゃないですか」
「やあ、どうも久利生さん。どうです?野上君の研修の方は」
「ああ、あいつか…あいつは事務職がお似合いみたいだな」
野上とは野上良太郎のことである。というのは桜井侑斗らがGINに加入した際に野上姉弟も仲間ごとGINに加入させた為なのだ。
「なるほど。よし、そこでいこう。そこから徐々に実務をたたき込むんだ」
と公平の言葉に広志が同意した時である、。美紅が顔を真っ赤にして駆け込む。怒りをあらわにするのも珍しい。
「大変よ、ヒロ!テレビを見て!!」

「CEO、これは一体…」
「沖縄のタックスヘイブンを併合して何を考えているのだ、アメリカは…」
 勇次の話に広志は厳しい表情だ、というのはアメリカが日本連合共和国の一国で市国であるエズフィトを侵略したのだ。しかも、高等政務官などの政権幹部は自宅監禁、アメリカ軍の選んだ幹部がエズフィトの国家運営を担うと言うことも明らかになった。液晶プロジェクターから流れる映像に彼らは愕然としていた。
「連中は大きなミスを犯したな、ヒロ」
「ああ…、力でねじ伏せようとすればするほど反発を招くだけだ」 
「でも、どうして…」
 「連中の目的ははっきりしている。タックスヘイブンに移るアメリカ企業の税収を自分の手元に納めんとしているのだろう」
 「喪黒の野郎、とんでもないこと言い出しかねないだろうな…」
 ため息をつく公平。その通りになるのは目に見えていた…。

「何!?アメリカが…一体何を考えているのだ!!」
 同じころ、地下組織の本部でカイオウもまたアメリカのエズフィト侵攻の一報を聞いた。
「つぐみ君が傍受したところによりますとエズフィトが十年前のテロ戦争であの『シャドーアライアンス』を影で支援した故にアメリカが制裁として攻撃を開始したそうです」
とジョルジュが報告する。
「馬鹿な!!十年前の一件はエズフィトとは何の関係もなかったはずだ!!何故今頃になってそんな事を持ち出す!?」
と憤るイガム。
「恐らく、エズフィトの経済発展に嫉妬したのであろう。かの都市はタックスヘブンであるからな、優秀な企業がそこへ移転してくる、世界各地からな」
「当然、人材も資産もそこへ来る…本国からの流出を防ぐのが目的か…愚かな」
とカイオウの言葉に続いて組織のメンバーの一人、ヒュンケルが言う。
「いや、エズフィトの資産を丸ごと懐に収めるつもりだったりして」
と同じくメンバーの一人であるポップがニヤッと笑いながら言う。
「ほう、うぬにしては面白い考えを言うではないか。少しは想像力を働かせたな」
「な…そりゃないですよ。まるで俺が想像力ないような言い方じゃないですか」
 ポップはカイオウの揶揄とも褒め言葉ともつかぬ一言に反論する。
「何もむきになることはないさ。一応褒めているのだからな」
とイガムが慰める。
「でいかがいたします?」
「うむ、とは言っても今の我々は表立って動くことはできん。引き続き、情報を収集するしかあるまい」
「必要とあらば、ハルカとフーミンをエズフィトに向かわせてみてはいかがでしょうか?」
と提案するイガム。彼女が挙げた二人はそれぞれ忍者の家系で育っている。
「うむ、現地へ偵察か…よかろう、検討してみるよう」
「ハッ」
 その時、
「イガム!まずいことになった、美緒が怪しまれだしたぞ!」
とタケルが駆け込んできた。
「何っ!?イアルが!?さっきの連絡が怪しまれたのか!!?」
「ああ、だが安心してくれ。同じ店員に取り繕ってもらってうまくかわせたそうだ」
「そうか…」
「だがその店員、美緒が正したところによるとどうも他の組織の一員らしい」
「それで?」
「今、その店員の組織に案内してもらっているそうだ」
「何だと!?大丈夫なんだろうな?」
「ああ、俺も無茶だと思ってやめさせようとしたんだが…」
「聞き入れなかったのか?」
「ああ、『大丈夫、その組織も私達と同じ目的で動いている可能性があるからうまくいけば味方になってくれるかもしれないから話をつけてみる。』と押し切られた…」
「な…カイオウ様、いかがいたしましょうか?」
 イガムは困惑した表情でカイオウに指示を仰ぐ。
「ぬうう…イアルを信じるしかあるまい。うまくいけば彼女を呼び戻そう…誰かを迎えに寄こした方が良いな」
「ならばフーミンを浜松に立ち寄らせますか?」
「うむ…そうだ、確かアポロとかいう奴がおったな。そやつを同伴させよ」
「お待ちください!あの生徒は野生丸出しですよ、密かに連れ戻すということは無理ではありませんか!?」
とジョルジュが懸念する。
「いや、その野生の勘に賭けてみよう」
「…分かりました」

「馬鹿野郎!!何でその女に素性を明かしたばかりか俺達の所に連れてきた!!?」
 同じ頃、浜松にある大仏鉄男のカイロプラクティック医院で中村吉之助はイアルを連れてきた秀夫に一喝を浴びせていた。
「…申し訳ない。この女が喪黒のSPに怪しまれ出して、助け舟を出したまではよかったのだが…」
「何が『よかったのだが』だ!問い詰められてバラしまってるじゃねえか!!それで俺達まで奴等にバレちまったらどうする!?」
「待って!!この人を責めないで!!口外ならしないわ、だから…」
とイアルは叱責されている秀夫を庇う。
「…悪いけどなぁ、お嬢さん。そうはいかないんだよ、俺達は…」
「聞いたわ。貴方達、GINの人でしょう!?リブゲートを内部調査していることも聞きました」
「…」
「お願いです!私達の組織と手を組んでもらえませんか!?私達は喪黒の暴走を止め、壬生国を正常な状態に戻したいんです!!」
 しかしイアルの懇願に中村は
「そいつは困ったなあ…そいつから聞いていると思うがねぇ…俺達はあくまで公的機関だ。公明正大がモットーなんでね、手を組むことはできんよ」
と頭を掻きながら困った顔をして断る。
「ならばCEOに…」
「秀!!お前は黙ってろ!!」
「いえ、言わせて下さい!彼女の組織のリーダーはあのカイオウ氏なんです。CEOはカイオウ氏とは面識があるはず」
「おい秀、吉っつぁんが言っただろ。俺達は公的機関だって」
「ですが…」
「秀、いい加減にしないと今回の件から外れてもらうことになるぞ」
「待って、なら私から連絡を取ってみる。カイオウ先生と貴方がたのCEOが話し合えばいいんでしょう?」
とイアルが提案する。
「…どうする吉っつぁん?」
「…しょうがねえなあ、とにかくカイオウ氏には俺からも事情を話そう。それでCEOの指示を仰ぐしかねえな…」
「いいわ、なら今すぐ連絡を取るわ」
「秀、お前の失態もCEOに報告するからな。処罰は覚悟しておけ」
と吉之助は秀夫に釘を刺した。

「そうか…分かった。代表の者と代われ」
『はい』
 イアルから電話を受けたカイオウは彼女に起こったトラブルの報告を聞いた。
『お電話代わりました、私が代表です』
「うぬが…まずは我が組織の者を救っていただいたことの礼を言わせてもらう」
『いや、とんでもございません。事情はメンバーから聞きました、ですが私の一存では…』
「うむ、そうであろう。幸いにも俺はうぬ等のCEOとは面識がある、俺から話をつけておこう」
『わかりました、私の方からもCEOに連絡させていただきますので』
「承知した、イアルよ」
『はい』
「うぬは戻って来い。迎えの者をよこす」
『リブゲートの調査はいかがいたしましょう』
「そうだな…モモコと交代させる」
『分かりました、そちらへ戻ります』

「…ええ、その事は部下から報告は聞いております。直接の協力はできませんが貴方がたに支援や情報提供ぐらいならばよろしいでしょう」
『…分かった、高野殿。我等も多くは望まぬ、その程度でも十分だ』
「ご理解していただきありがとうございます。では」
 吉之助からの報告を受けた広志はカイオウと話し合い、間接的な協力をすることを二つ返事で承諾した。
「CEO、ホンマによろしいんでっか?これで」
と陣内隆一が不安な面持ちで尋ねる。
「君の言いたいことは分かるよ、確かに我々は公的機関だ、でも今回は目的が同じだ。無論、表立った協力はしない。それで咎められるようだったら俺が全責任をとる」
「そんな軽々しく言ってはあきまへん!CEOあってのGINですから…」
「ありがとう、でも万が一の時のことを言っているから」
「ならいいですが…ところで中村はんから村上に処罰を下してもらいたいと言ってきておりますがどないします?」
「うん…今回の件は人ひとりを助けているからなぁ…とはいえ素性を明かしてしまっているし…よし、村上には別の任務を与えて九州連合に行ってもらおう。ただし、これは処罰ではなく任務変更という形で伝える」
「CEOがそれでええのならかまいまへん」
「この変更は俺が直接伝えよう。彼の代わりは中村さんに任せることにする」

「…俺が九州へ」
「そうだ、エズフィトがアメリカに侵攻されたことは知ってるだろ。直接表だった情報収集はできんので鹿児島で情報を仕入れつつ、連合の動きを探れとの指示だ」
「それが俺への処罰ですか…」
と秀夫は顔を曇らせる。
「違う、あくまで任務変更だ。CEOが言ってたぞ、『今回の事は任務逸脱だが人一人といえども危機を救ったことには変わりがない。その優しさは美点だが与えた任務には適さない』とな。だから九州へ飛ぶのだ」
「俺はこの任務に適していないと…やはり処罰なのですね…」
「違う、適していないだけだ。表家業の宝石店に辞表を出して任務に就け」
「…分かりました」
 秀夫は了解したが顔はまだ曇らせたままだった。
「秀、CEOはこうも言ってたぞ『もしこの変更を処罰だと思っているのなら任務を果たせ。それで『仕事人』にもGINにも自分が必要ないなどと考えるな。お前に適したところならいくらでもある、それだけは心に刻み付けろ』とな。この一言はお前に念入りに伝えておいてくれとCEOから言われた」
「…はい」
「分かったら準備を整えて行け、また元の任務に戻れるさ」
と吉之助は笑顔を秀夫に向ける。
「はい、では失礼します」
 秀夫は一礼すると出て行った。
「さて吉っつぁん、秀の代わりはどうする?」
「そうだなあ…関西に行ってる小五郎に一人まわしてもらうしかねえかな…涼次か源太…あるいは…」
 吉之助は腕を組んで考える、尚『小五郎』とは『仕事人』のメンバーの一人、渡辺小五郎のことであり、 『涼次』と『源太』は彼の下で働いている松岡涼次と大倉源太のことである。
「吉っつぁん、竜次はどうだい?」
「おお、それは思いつかんかったな。あいつは…確か東京だったな…よし、竜次を呼んで小五郎のところから一人、関東連合に行ってもらおうか」
 吉之助は組んでいた腕を解いて決断した。因みに『竜次』とは同じメンバーの一人である京本 竜次のことであり、表向きは和式の雑貨屋を営んでいる。


「首相、この決議は大きな失策になりますよ!」
 公平透明党の不破俊一議員が迫る、だが喪黒は平然としている。
 「アメリカとの経済圏を強化することで、我が壬生国も発展します。全権委任ということで…」
 「そんな事をしたら、ナチスドイツの二の舞になります、我が国は迷走し、破滅する事は必至です」
 「ホッホッホ…、いいじゃないですか、私達が強くなればそれで結構じゃないですか」
 喪黒の手元には壬生国・アメリカ連合友好条約の原案のプリントがあった、その内容は壬生国にアメリカ軍を常駐させてしかもその費用は全部壬生国が丸抱えするという内容だ。これに対して反発する声が多かったのだ。そのためにじゃまなのが壬生国軍だったのだ。その他にもアメリカ人なら無条件で国籍をとれるようにする、アメリカの金融機関が無条件で参入できるようにするなどしていた。これも大きな反感を買っていた。
 だが喪黒チルドレンで周囲を固めている喪黒には痛くも痒くもない、議会で圧倒的多数による可決は必至だ。選挙民も真っ青になる暴走政治の始まりだった。
 「絶対に失敗しますよ、アメリカは国力がなめられませんよ」
 不破が警告する、だが今の喪黒は平然としていた。それも無理はない、関東連合との税制共通化政策、そして米国との友好条約を同時に締結する事が決まったのだ。エズフィトへの侵略を支持する決議案も上程されており、賛成する事は間違いない。
 だが公平透明党の穏健派には危険性を感じるものだった。やがてその懸念は大きな危機になって襲いかかるとは予想だにしなかった。


その頃、小渕沢…。牧場の一角では…。
 「よし、剣星号突撃だぁ!」
 小さな少年が少女を背中に乗せて走り出す。
 「ケンちゃん、早いよ!」
 「じゃあ、ヨナちゃん、スピード落とすよ」
 思わず男女が写真を撮る。二人は牧場のオーナーである城戸沙織とその義兄弟に当たる星矢である。城戸は東西銀行の大株主の一人で、松坂征四郎とは父親を通じて知り合いに当たる。そして少年の名前は仲田剣星といい、剣星の背中に乗っているのは李ヨナという。二人は同じ日に生まれた事を今日たまたま知った。
 剣星の祖父はあの松坂征四郎である。征四郎の知り合いであった城戸光政が病死した際に沙織の後見人になるよう征四郎に頼み、征四郎は引き受けた経緯があった。ヨナの父忠文が征四郎の教え子の一人で、その関係もあってこの場にいたのだった。
 「リュウ、君も乗るかい?」
 「面白い、乗るよ!」
 星矢が馬みたいに四つんばいになる。リュウは彼の背中に乗る。
 だが、その光景を撮影していた人達がいた…。

 「よっしゃぁ、間違いないぜ、リーダー!」
 東西新聞社の社会部記者である松永みかげに声を掛ける青年。
 「あんたの性格って、野田君そっくりねぇ。熱血で、深く考えないで現場に飛び出すなんて…」
 「嘘はつきたくないんだ、リーダー」
 音の立たないカメラ(とはいっても隠しカメラなのだが)を使って撮影を続けるのはジェス・リブル。門矢士(かどやつかさ)とは同じジャーナリスト育成の専門学校に通う。ちなみにこのチーム、名前はディケイドといい、週刊北斗専属のスクープ記事を配信している。みかげはその彼らの監督役としてここにいるのだが、暴走気味のジェスと適当な性格の門矢に手を焼いている。その彼らと一緒になってラオウの動きを取材すべく動き始めていた。
 彼らはラオウの愛人であるトウとその息子のリュウを追いかけてここまで来ていた。彼らを追跡し、そこからラオウへの取材につなげるのがその狙いだ。
 「とは言ってもうまくいっているじゃない」
 「南さん、いつもこんな調子じゃ困ります」
 「私の変装の腕は知っているでしょ」
 みかげに話すもう一人の女性は南玲奈といい、潜入して様々なスクープを手にするフリーランスの辣腕記者で、拳志郎の後輩に当たる。ちなみに普段は福岡を拠点に取材活動をしているがチームディケイドの時には率先して参加する。
 というのは、福岡に彼女の家族がいるからだ。ちなみに四人は牧場に出入りする肥料業者を装い、牛や馬に牧草や麦わらを与えることを名目に来ていた。
 「しかし、シャベルを装ってカメラとはちゃっかりしてます」
 「それぐらいしたたかじゃないとダメよ」
 
 「君達は見慣れない顔だな」
 そこへ年老いた男が笑いながら近づいてきた。
 「今日が初めてなんです」
 「そうかね…。君達の動きに不信感はないが、このスコップは珍しい、これは…」
 「うわっ、ヤバッ!」
 思わずジェスが驚く。みかげがびっくりしてジェスの口を塞ぐ。温厚だが鋭い目でみかげに語りかける老人。
 「君達はカメラマンだろう…。そして、このスコップはうまくできているな…」
 「あなたは、松坂先生…」
 「そうじゃ。ワシか、もしくは来客の者目当てか…」
 「そうだと言ったら、どうするんですか」
 「出て行けとは言わん、だが君達の力を貸してもらえないだろうか」
 そういうなり松坂は突然土下座する。びっくりする四人。

 「というわけで、取材は安全を考えた上でNGになってしまいました、ですけど松坂先生がGINの機密に関わらない程度なら今後情報を私達に提供するという約束をしてくれました。週刊北斗には『松坂征四郎回想伝』の連載をする事も引き受けてくれました」
 「そうか…、よし、上出来だな。カメラの写真は現像に出して松坂家に渡そう。それと、取材費は俺から出すよう話しておこう。週刊北斗には塩を送ったから一石二鳥だ。今後GINにも情報を流すことが条件だが、あの機関は権力犯罪者のみに牙をむくから安心出来る。だが、一定の批判は必要なのだということを忘れるな」
 「はい!」
 山岡士郎社会部デスクがみかげに話す。渋い表情のみかげ。あの後素性がばれたのだが、松坂は許してくれた上に協力を申し出、四人は松坂家の信頼構築を得る為あの後四人で子供達相手に遊んでいたのだった。
 「しかし、なぜあの人達が…」
 「決まっている、安全面を考えたこと、そしてあの牧場は私有地だからガッチガチに管理されている、あれだけ管理が徹底されていたら誰でも安心できる」
 「デスク、写真ができました」
 「よし、今回は使わない、この写真は松坂家に俺で手渡そう」
 光夏海に士郎はねぎらう、門矢と彼女は写真部で現像担当を引き受けているが、門矢は将来は写真家になりたいと願っている。 
 「今回、松永はよく松坂先生の信頼を勝ち取ったな。これで記者として一人前だ」
 「人を傷つけるのは私の趣味ではありません、ですけど人を傷つける人を食い止めるのが私の記者としての信念です。福岡のニュースオブキューシューみたいなパパラッチが紙面を作るような新聞は嫌いです」
  だが、みかげも士郎も知らなかった、あの場にいた二人の少年少女がやがて運命の大きな渦に巻き込まれ、そして共に歩む宿命であることを…。少年はやがて世界をとどろかせる名指揮者になり、少女は世界中を魅惑するフィギュアスケート選手になろうという事も…。
 「それと、ヒロと接触をしたいといっていたがなぜだ。公私混同になりかねないのだが…」
 「実は…」
 みかげは士郎にひそひそ話を始める。これが喪黒の闇を暴くきっかけになろうとは予想だにしなかった…。


 「そうか…。『恐竜や』の暖簾を下ろす事になったのか」
 「ええ…。『千葉飛鳥亭』という名前になるんですって。それにマホロさんもイタリア料理店に自主的に修行に出ているみたい」
 仕事の合間を縫って衣類を交換しにきた広志に美紅が話す。
 「大野家が主導権を握るという事は、大変な責任を担う事になったな」
 「そうね。殺人事件を起こして世間から批判を受けて解散を決めたカルト団体の『白い兄弟』の経営していた料亭部門を買収することになったでしょ、買収額は債務を含めて4億円よ」
 「それは出資するに損はない。だが、問題は長持ちするかなんだ」
 「そうね…。その他にも従業員寮も買収したみたい…」
 「それは賢明だな。あの料亭はこれから拡大していくだろうね」
 ちなみにホテルリックからの撤退に際しては広志が事実上支援した。修行しない従業員にも広志は他の会社で働くよう勧告し、彼らも他の場所で修行する事になった。
 「そういえば、士郎さんから電話が来ていたわ」
 「そうか、分かった。今かけるよ」
 そういうと広志は電話を掛ける。
 「もしもし、高野ですが、士郎様はご在宅でしょうか…」

 
 作者あとがき: 現実の世界でも春に起きた大震災で我が国の社会・政治は更に混迷しており、纏め上げる人物が一人もいないという有様です。この話の中の壬生国のように…

今回使った作品

『スーパー戦隊』シリーズ (C)東映・東映エージェンシー  1987・2003・2006
『笑ゥせえるすまん』:(C)藤子不二雄A  中央公論社  1990
『BLEACH』:(C)久保帯人 集英社  2001
『HERO』:(C)フジテレビ 脚本:福田靖・大竹研・秦建日子・田辺満  2001
『必殺』シリーズ:(C)朝日放送・(株)松竹京都撮影所 1975・2009

『覚悟のススメ』:(C)山口貴由 秋田書店 1994
『創聖のアクエリオン』:(C)河森正治・サテライト 2005
『のだめカンタービレ』:(C)二ノ宮知子  2001
『少女革命ウテナ』:(C)さいとうちほ  1996
『YES!プリキュア5』:原作 東堂いづみ 2007
『DRAGON QUEST ダイの大冒険』: 原作 三条陸  作画 稲田浩司  1989
『内閣権力犯罪強制取締官 財前丈太郎』:(C)北芝健・渡辺保裕  2003
『美味しんぼ』:(C)雁屋哲・花咲アキラ  小学館   1983
『仮面ライダー』シリーズ:(C)石ノ森章太郎 2008・2009
『機動戦士ガンダムSEED DESTINY ASTRAY』:(C)千葉智宏・ときた洸一 角川書店                                2005
『クニミツの政(まつり)』:(C)安藤夕馬 講談社  2001
『聖闘士星矢』:(C)車田正美 集英社  1986
『ミラクル☆ガールズ』:(C)秋元奈美 講談社 1990


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