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現代社会をシミュレーションした小説を書いております。
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1
(おや?)
 ここは千葉にある塔和大学構内、考古学教授の木之本藤孝は目の前を横切った男を見て首を傾げた。男の顔にはまるでピノキオのような長く四角い鼻がついていただけでなくスーツ姿だった。その男は医学部のある講堂へ歩いていくのだ。
(見かけない人だな…。確かこの先は医学部…、ビアス教授のところかな?)
 藤孝は後をつける事にした、なんとなく気になるのだ。それに大学の学長選考の件で最近ビアスが有利に立っている事と関係があるかもしれないと思ったからだった。男は思った通り医学部へ向かっていた。
 
「教授!」
 藤孝は講堂内の廊下で生徒の一人に呼びとめられた。
「何をやってらっしゃるんですか?こそこそと」
「あぁ、これはねぇ…」
 彼は適当に言い繕う。しかしその間に男を見失ってしまった。
 
「まいったわい、わしの後をこそこそとつけてきたから」
「まさか、嗅ぎつけられてないだろうな?例の件」
 ここは医学部教授ビアスの研究室、話しているのはCP9製薬第一営業部部長のカクである。
「何をおっしゃる、この大学の学長を狙ってらっしゃる貴方が。それにうちの社長が貴方の為に色々と手を打っている事をご存知じゃろうが」
「フッ、スパンダムは我が教え子だからな。これくらいやってもらわないと」
「よう言うわい、尤もここのところ『エニエス』の件でうちも散々じゃ」
「あれは全く問題ない!他に原因がある。それを解明しようとせずに他の医者やブンヤ共が騒ぎ立ておって!」
「いつものセリフかい。貴方も頑固じゃのう」
「そのおかげで儲けているのはどこだったかな?まぁ、それはさておき」
 ビアスが話を切り替えようとした時、研究室の電話が鳴る。
「なんだこんな時に…。私だ…。またあの男か!今、先客がいる。その後はゼミがあるからと伝えといてくれたまえ」
 ビアスは電話を切る。
「全くしつこい奴だ!」
「あの霞拳志郎とかいう男の事かい?うちの社にも来たわい、根掘り葉掘り訊くから社長もイライラしておったわい。そんでもって、わしらに当たるから苦労が絶えんのじゃ」
「ほう、君の上司にロブ・ルッチという男がいるがあの男にもか?」
「ルッチ常務は特別じゃ、あの人は社長に当たり散らされても平然としておるわい」
「たいした男じゃないか…。あぁそうだった、学長選考の件だがね、今のところ君達のおかげで有利に進みそうだ」
「そうかい、あと一押しじゃのう」
「今までどおり買収の方は頼んだぞ。後はサザンクロスの事だがいざとなれば…」
「院長に全て押しつけるのかい?『元斗会』の方は?」
「ジャコウの事だ、シンを切り捨てにかかるだろう。『エニエス』採用の時に前任のファルコが反対して難航したからな。それをジャコウがうまく立ち回っただけでなく、ファルコに対する不信任を突き付けて追い出した」
「そのおかげで我々は儲かっておるからのう、ジャコウさまさまじゃ」
「フフフ…。しかもだ、君達の会社があのリブゲートと組めば…」
「うちの会社は壬生にも進出できるうえにライバルであるつばさ製薬を追い抜くというわけじゃのう」
「そういう事だ、そうそう会食の件だが私も出よう。サウザー先生やフロスト兄弟にも色々と頼んでおきたいから」
 サウザーは関東連合の議員でありフロスト兄弟は兄のシャギアもまた関東連合の議員、弟のオルバは『新時代出版社』のカリスマ社長である。ちなみにCP9製薬社長スパンダムも入れての四人は『元斗会』のメンバーでもある。
「では資金と会食の件は社長に伝えておくわい」
「そうしてくれたまえ、『エニエス』の件は安全性を更に強調させる為に記者会見を改めて開こう」
 
「申し訳ありませんが…」
「そうですか…。失礼します」
 ビアスに取材を断られた拳志郎は受付を後にした。あれだけ騒がれているのにも関わらず頑迷に安全性を主張し続けるのは何故だろうか?今までの彼の取材に対する答えについてはどうも意地になっているところがある。
(そういえば…)
 拳志郎はこの大学で近々学長の選考会があるという事を思い出した。
(もしかするとそれと関係があるのでは…。だとすると利害関係も含まれる、例えばCP9製薬、いやそれだけではあるまい、関東連合議会にも…。『元斗会』のメンバーに議員も入っていたはず…)
 拳志郎は大学構内のベンチの一つに座り考え込む。実は彼、この大学の卒業生だったのだ。ユリアと知り合い恋に落ちたのもこの大学でだった。それ故、今起こっている疑惑を思うと胸が痛んだ。
「拳志郎君?拳志郎君ではありませんか!」
 拳志郎が顔を上げると経済学部教授の柳沢良則が立っていた。彼は生活態度が規則正しい事で有名である。あまりに時間に正確である為に人はドイツの哲学者にみたてて、彼の事を『日本のイマヌエル・カント』と呼んでいる。
「柳沢教授!お久しぶりです」
 拳志郎は立ち上がり柳沢教授に会釈する。彼は一度だけであるが柳沢教授の講義に顔を出した事がある。それでもユリアが経済学をとっていたせいか彼に顔を知ってもらい、ユリアを交えて色々と話をした。拳志郎にジャーナリストになるよう勧めたのも柳沢教授であり、ユリアとの結婚に仲人の役まで引き受けるとまで言ってくれるなど拳志郎にとっていわば恩師である。
「元気そうではありませんか。君の活躍は『週刊北斗』で知っていますよ」
「恐れ入ります。教授こそお元気そうで」
「ハハハ、ところでここへ来たという事は…。あの件ですか?ビアス君が関わっている…」
「はい、その事で訊き出そうとしまったが断られました」
「でしょうね、学長選考会で立候補していますからね。実は私も学長候補に推薦されたのですよ」
「教授が…。今のところはどうなのですか?」
「ウム、ビアス君が有利に立っているのですが、どうもきな臭い。何人かCP9を通じて買収されているらしいという噂があるそうです。そう吉田君が言ってましたよ」
 吉田とは柳沢の助手的存在の吉田輝明准教授の事である。
「何ですって!だとすると教授」
「お父さ~ん」
 振り向くと柳沢の末娘である世津子が駆けよってくる。柳沢には妻の正子との間に三人の娘がおり、長女の奈津子はサラリーマンと結婚し一人娘がいる。次女のいつ子は陶芸家と結婚し、三女の世津子は同じ大学の生徒とつきあっている。
「世津子ではないですか、どうしたのです?」
「あ、拳志郎さんこんにちは。お父さん、今さっき考古学の木之本教授を見かけたの。何か前を歩いている男の後をコソコソとつけていたからおかしいと思って声を掛けたのよ」
 藤孝を呼び止めたのは世津子だったのだ。
「木之本君が?で、どこで見かけてどんな男をつけていたのですか?」
「医学部のある講堂の廊下。つけられていた男はまるでピノキオみたいな顔だった」
「!…カク」
「え?拳志郎さん、今何て言ったの?」
「CP9製薬第一営業部長のカクだ、その男は。おそらくビアス教授のところに行ったのだろう。考えられるのは『エニエス』の事と学長選考…」
「じゃあ何、学長選考会でお金が動いているって言うの?最低!」
「それにしても学長選考にお金が絡んでくるとなりますと…。噂は本当という可能性が濃くなりますねぇ」
「それに教授、その後ろには関東連合の議員もいる可能性があります」
「!『元斗会』ですね!」
「何それ?」
「サザンクロス病院を経営している医療法人ですよ。確か、あの病院の院長は…シン君でしたね?」
「はい」
 シンもまた塔和大学の卒業生だったのだ。あの頃は拳志郎もシンも親しい関係であった。
「ユリア君からは彼の事は聞いていました。彼は医学部では優秀な生徒でしたのに…。ユリア君が亡くなり、ビアス君が医学部の教授になってからこの大学もあの病院もおかしくなってしまいました。そしてシン君も…」
「教授、それに『元斗会』もです。ジャコウが会長になってから『エニエス』を使用しだし、被害が出ています」
「ウム…」
 拳志郎と柳沢は空を見上げる。まるで地上のことなど気にしていないかのように雲が流れていた…。
 
 
2
 拳志郎がサザンクロス病院とCP9製薬に関する薬害疑惑を追って塔和大学を訪れたその夜…。
 リンとバットはリブゲートグループが経営するホテル『リック』にある料亭『怪談亭』に喪黒が現れるという情報を掴み、その料亭に予約をして潜入していた。ここでどうも密談が行われるらしいというのである…。
 
 
「最低だ!何だ、ここの料理は!!」
 二人がいる部屋に出入口側から男性の怒鳴り声が聞こえる。
「な、何だ?」
 バットが廊下に出て陰からそっと覗くと一人の中年男性がこの店の女将に怒鳴りつけているところであった。髪型はかなり特徴があり、和服姿である。
(確か、あの男は美食家の海原雄山。あの男が来ていたのか…!)
「申し訳ございません」
 女将は神妙な顔で雄山に謝る。
「全く、新聞社の連中がしきりに『この店の料理を賞味して欲しい』と言うから来たものの、味付けもバランスも酷いうえに季節感も無い!こんな所に二度と来ないぞ!!」
 雄山の『食』に対する批評は誰よりも厳しい。その批評で何軒もの店が潰れていくくらいだ。しかし、その批評の厳しさ故に『食』の世界の第一人者であり、帝都新聞社で『至高のメニュー』を作るのを任されている。一方、息子でありライバルでもある山岡史郎は勤め先の東西新聞社で『究極のメニュー』を作っている。この親子の対立はメディア業界や料理業界では有名な話である。
「あ、待って下さい、雄山先生!」
 帝都新聞社の社員二・三人がさっさと店を出て行こうとする雄山を呼び止めながら店を出て行く。その中の一人は女将に対し恨めしげな目を向けた。一方の雄山は店を出ながら小声で吐き捨てるように言った。
「この程度なら士郎の料理のほうがまだましだ!」
「え?先生、今何と?」
「何でもない、行くぞ!」
 そんな光景を出入口近くの外で隠れて見ていた少女がいた。彼女は素早くどこかへ走っていった。
 
「ふう~、すごい辛口だったぜ、雄山の批評…」
 部屋に戻ったバットはリンに言った。
「そんなに?あの人、確か息子さんと料理で争ってたわよね」
「ああ、その息子に似た人が俺達の会社にもいるがね、ぷぷっ」
 バットは笑いを噛み殺す。リンもクスクスと笑う。その時、
「ホーッホッホッホッホ…」
と出入口側から特徴のある笑い声が聞こえた。
「バット!」
「奴だ!喪黒に間違いない。あんな笑い方をするのは奴だけだ」
 バットが外へ出ようとすると
「待って、バット。私が行く」
とリンが言った。
「おい、大丈夫か?」
「私もジャーナリストの端くれよ、任せて」
「分かった、気付かれるなよ慎重にな」
 リンはうなずくとデジカメを持って部屋を出た。
 
「ホッホッホ、それは災難でしたねぇ。尤もあの男はその程度ですから」
「ホントですなぁ。料理だけですよ、あの男の取り柄は」
 喪黒とリブゲート専務の根岸忠は女将の壱原侑子に言う。
「ま、覚悟はしてましたけどね。あの人が来た時点で」
「私、あの男嫌い。料理にうるさすぎるんだもん」
 壱原に続いてまだ10代後半らしき少女が言う。
(あ、あの子は確か凉宮ハルヒ!どうしてあの子がここに?…!まさか喪黒の密談の相手って…)
 リンは知っていた。凉宮は愛国心が強く、オーブと壬生国がつながるのを快く思っていない事を。
(とすると、オーブの動きを封じる為に喪黒と…。あの子、喪黒がいかに危険なのか分かっていないんだわ。それにリブゲートの事も)
 四人の他にもう一人凉宮と同じ年齢らしき少年がいる。
(あの少年は確かキョンって名前だったわよね、若くして株主長者になったという…)
 リンは五人に気付かれぬように彼らの後をつけた。時々デジカメで一行を撮る。フラッシュは使わない、気付かれてしまうからだ。やがてリンは五人が奥の部屋の一つに入るのを見届けた。リンは辺りを見渡すと近くにトイレを見つけ、そこへ入った。入口で仲居達を警戒しつつ、喪黒達を見張っていた。
 
 しばらくすると壱原が部屋から出て行った。彼女が消えるのを見計らい、部屋の障子から死角になる場所に近づいた。壁に耳を澄ませてみると微かだが声が聞こえた。
「さて…凉宮さん、…オーブは…ですよ」
「そう…連合は…で…サウザーさん…なのよ」
(ウ~ン、聞こえにくいわねぇ…)
 その時、リンは廊下から足音が聞こえるのを耳にした。急いでその場を離れトイレに行くふりをすると一人の緑色の髪の仲居が徳利を載せたお盆を持って喪黒達の部屋に入ろうとするところだった。彼女はリンを見ると目配せをした。それを見たリンが部屋に戻る、その途中だった。彼女は20代の若者と肩がぶつかった。
 
 
「失礼、大丈夫か?」
 若者はリンに尋ねた。
「いっいえ、大丈夫。こちらこそ」
 若者はリンのデジカメに目を留めた。
「お前、ジャーナリストだな。あの部屋にいる奴らを探っているのか?」
 彼は喪黒達のいる部屋に向かって指を指す。リンは内心ドキッとした。
「……」
「図星だな、やめておけ。盗聴器でもなければあの中の声は聞こえないぞ。そんなのは素人でも分かる」
「それはどうも。でも私はあの中の事を調べなきゃならないのよ」
「だったら隣の部屋からならどうだ」
「……」
「ま、大方、この店にお前が調べようとしている人物が来る事は分かっていただろうが、それ以上の事は考えてなかったようだな」
「貴方、一体何者なの?」
 すると若者は右腕を高く挙げ、人差し指を天井に指してこう言った。
「俺か?天の道を行き、総てを司る男だ」
「は?」
 キョトンとするリンを尻目に若者は去っていった。その後障子が開く音を聞いてハッとしたリンは音を立てずにその場を立ち去った。
 
「どこへ行っていた?天道」
 ここは喪黒達がいる部屋の隣の部屋。天道総司と同じ年齢の男が尋ねる。
「フッ、廊下に出たら女が一人この隣の部屋を調べようとしていた」
「ふ~ん…。何かあるのかな?それより天道、ここの料理はどうだ?」
「加賀美、何故俺をこんな不味い所に連れてきた。お婆ちゃんが言っていた、『この世に不味い飯屋と悪の栄えたためしはない』と。まぁ、隣の部屋で悪巧みをやっているみたいだから奴らとこの店は共倒れだな」
「本当だ。僕も食べてみたけど、この店最悪だよ」
 その場にいた日下部ひよりも辛口の批評をした。
 
 
「で、どうだった?奴らの様子」
 部屋に戻ったきたリンにバットは尋ねた。
「うん、喪黒の密談の相手は凉宮ハルヒだったのよ」
「何っ!あの愛国心旺盛な少女か、他には?」
「そういえば、微かにだけど彼女『サウザーさん』と言ってた」
「サウザー?……!おい、リン!サウザーっていったら関東連合議会でかなりの発言力持っている人物じゃないか!!あの男も何か絡んでいるのか?」
「分からない、そのまま聞いていたらあの情報屋の人が仲居姿で現れたのよ」
「?……ああ、ケンが紹介してくれた……」
 実はバット達は一週間前にこの店で喪黒が密談をするという情報をある情報屋から仕入れていた。その情報屋は拳志郎も利用しており、今回の件で二人は彼から紹介されたのである。
「そうか、後はあの人達次第だな」
「…『天の道を行き、総てを司る』か…」
「?」
「ああ、この言葉ね、ここに戻る途中で男の人と肩がぶつかったのよ。その人が言っていたのよ」
「はあ?何だそりゃ?アホかそいつ…」
 バットも呆れた表情をした。
 
 
「女将さん、本当に申し訳ありませんっ!」
 厨房で料理人の綿貫は壱原に頭を下げて謝った。
「…綿貫」
「はいっ」
「雄山氏はかなり厳しい方よ。あの人が来た時、私はこういう評価が出るのは覚悟していたわ」
「……」
「とにかく、今回の評価をふまえて料理に精進してちょうだい。更に腕を磨く事ね」
「はっ、はいっ!」
 壱原はその時うつ向いている綿貫の後ろで一人ほくそ笑んでいる男を見つけた。
「伊橋!!」
「はいっ!」
 壱原に鋭い声で『伊橋』と呼ばれた男は直立不動になった。
「貴方、まさかこれで自分が花板になれると思っているんじゃないでしょうね!?」
「いっいえ…、そんな事は…」
「そう、ならばいいけど貴方が例え自分の料理を出しても雄山氏は怒るわよ。貴方の実力も雄山氏にとっては綿貫と同じレベルなのよ、それを自分の胸に刻みこみなさい。分かった?」
「は…はい…」
 伊橋は目を伏せてうなだれた。
「はいはい、みんなお客様が待っていらっしゃるんだから仕事に戻って」
 壱原の一言でその場にいた料理人や仲居達は仕事に戻っていった。しかし壱原はほくそ笑んでいる人物がもう一人いたのには気付かなかった。その男は小さな声で呟く。
「ふ~ん、なるほどねぇ、そういう事かい…」

 
3
 「あいよ、天ぷら揚がったよ!」
 「は~い」
 一人の仲居がお盆に天ぷらの盛り合わせを載せる。喪黒達の部屋に酒を運んだ緑色の髪の仲居である。そこへ一人の小太りな料理人が塩が入った小皿を持って近づく、壱原が気が付かなかった男である。彼は周りに気付かれぬよう、折りたたんだ紙を仲居に渡す。二人は目配せするとそれぞれ仕事に戻った。
 
 
「で、雄山先生って人、物凄い剣幕で怒鳴っていたんだよ」
「ふえ~っ、やっぱり噂どおり厳しい人だねぇ、海原雄山って」
 ここはホテル『リック」一階にある喫茶店『恐竜や』。二階にある『怪談亭』出入口の様子を隠れて見ていた少女がこの店員達に見た事を語っていた。
「厳しいといえば…。わしらもそうじゃのう…」
「全くよ!ここの家賃バカ高いんだから!!」
「わしがあんな事で騙されなければ…」
「過ぎた事を言っても始まりませんって!」
 店員の一人である白亜凌駕(はくあ りょうが)は店長である杉下龍之介を陽気に慰める。この男はいつでもプラス思考であり、暗くなりがちな店の中を明るくしている。
「そうよね、凌ちゃんの言うとおりだよ。おじいちゃん」
「ありがとうよ、舞ちゃん」
 龍之介は『怪談亭』の事を見てきた少女に言う。名は白亜舞と言い、凌駕の姪である。
「にしても、あの事ば思い出すと腹が立つたい!!」
と樹(いつき)らんるが福岡弁でまくし立てる。彼女が言う『あの事』とはこの『恐竜や』が以前あった土地を詐欺同然に地上げされてしまった事である。
「あのユダって男が『ここよりも我がリブゲートフィナンシャルが新たに建設するホテルならばもっと繁盛しますよ、何せあそこは一等地ですからね』と言葉巧みにわしに言い寄ってきて、つい、その気になってしもうた」
「で、移ってみたらこんな片隅に追いやるから人も来ない。冗談じゃないわよ!!」
と、龍之介の姪である今中笑里も憤慨する。無理もない、あてがわれたテナントの位置は入口から奥ばった場所にある為、客が入りにくいのだ。
「とにかく、この状況を打開できる方法があればいいのですが…」
と大野アスカが言う。妻のマホロとその妹のリジュエルも渋い顔だ。
「三条さんも仲代さんもここに移った途端、この店を見限ってしまいました」
 三条幸人は整体師、仲代壬琴は外科医。共にカリスマ性を持つ。二人とも『恐竜や』の常連客であったのだ。
「も~う!!あの二人、薄情なんだから!!」
「まあまあ、二人とも忙しいんでしょう。俺が掛け合ってきますよ」
と凌駕が言うと
「僕も手伝いますよ」
とアスカが笑顔を見せて言った。
 
 
 話は『怪談亭』に戻る…。
 
「失礼します。揚げ物でございます」
 と先ほどの仲居がリンとバットのいる部屋に入る。
「ジュンさん!」
「しっ!」
 思わず声を上げたバットに対し、『ジュン』と呼ばれた仲居は人差し指を自分の唇に当ててたしなめた。
「わ、悪りぃ」
とバットは小声で謝る。ジュンは部屋の障子を閉めると座卓に天ぷらの盛り合わせを置く。
「どう?うまくいってる?」
「バッチリよ、例の部屋に仕掛けておいたから筒抜けよ」
「さすが、ケンが紹介してくれた事だけあるなぁ」
「フフフッ、プロですものこんなのはお手の物よ」
「で、どこに仕掛けたの?」
「それは秘密。で、あの部屋での内容はここに置いておくから」
とジュンは天ぷらの盛り合わせの下を指さす。
「分かった。これ取っといて」
 バットは財布から一万円札を出して、ジュンに渡す。
「ちょっと、お客様困ります」
 ジュンはわざと外に聞こえるように言う。
「いいから、いいから」
とバットも外に聞こえるように言いながら彼女にお札を押しやった。
「本当ですか?ありがとうございます」
とジュンはお札を受け取り
「それでは失礼致します。ごゆっくりと」
と言って部屋を出て行った。何を隠そう、彼女とあの小太りの料理人こそ拳志郎が世話になっている私設情報屋『ガッチャマン』のメンバーだったのである。二人は拳志郎の依頼を受けて、半月ほど前からバイトとしてこの料亭に入り込み、喪黒が来るという情報を掴んでバットとリンに詳しい情報を伝えたのだった。
 
「さてと」
とバットは天ぷらを盛った竹かごを上げ、下に敷いてあった紙を取り出して広げた。ジュン達が盗聴噐で聞き取った喪黒一行の話の内容である。
「マボロシクラブ?なんだこりゃ?」
「何か関係あるかもね。え~と、あの凉宮って子、オーブに対する警戒感は強いわね。特にフラガ一族が目障りみたい。ゼーラでリブゲートが出会い系サイト運営会社とビデオメーカーを買収しているわ」
「リン、ゼーラっていうと…」
「ケンが追っているCP9製薬本社がある所よ」
「となると、奴ら絶対提携するな」
「うん、CP9もそれを望んでいるから。後は…中込?確か『アキハバラ@DEEP』って会社に出資している『デジタルキャピタル』の社長…。!バット、この人は」
「ああ、リブゲート内の不正で追い出された男だ。なるほどねぇ、この内容からじゃ分かりにくいがどうやら濡衣を着せられたな」
 二人は小声で読みあう。
「よし、後は帰って今回の事を記事にするだけだ。腹減ってきたから食べようぜ」
「そうね、ここまでにしましょ」
 バットはジャケットの内ポケットに紙を折りたたんで入れると天ぷらを食べ始めた。
「どうなの、味は?」
「ウ~ン、大した事ないなぁ…」
 
「あら、嬉しそうな顔ね。何かあったの?」
 ジュンは女将の壱原に呼び止められた。
「えぇ、心付けをいただきましたので」
とジュンは笑顔で答える。
「あら、よかったじゃない。そうそう、あの花瓶はかなり素敵な色合いだってお客様からお誉めの言葉をいただいたわ」
 その花瓶とは喪黒一行の部屋に飾ってある物だ。三日前、ある仲居が誤って前の花瓶を割ってしまった。その時にジュンが今の物を探してきて代わりに置いたのだった。
「ありがとうございます。そう言っていただけると何よりですわ」
「部屋の雰囲気づくりは貴方に任せてもいいかもね」
「そんな…、女将さん」
「まぁ、その時はお願いね」
「はい」
 ジュンは壱原に頭を下げると仕事に戻る。
(フフフッ、まさかあの花瓶が盗聴噐とは誰も気付かないわよね)
 彼女は心の中で呟く、それもそのはず、実は花瓶そのものが盗聴噐であり、三日前のアクシデントを利用して仕掛けたのであった。そこから聞こえる話はあの料理人がワイヤレスのイヤホンの耳に届く仕組みになっていた。厨房に戻ると例の料理人が近づき、小声でジュンに囁く。
「うまく渡したかい?」
「えぇ、もちろんよ、竜」
「おい、何喋ってるんだ。仕事しろ!」
「は、はい。すみません」
 番頭の百目鬼に怒られた二人は仕事に戻った。
 
 
 さて、その頃、『五車星出版社』の事務室のソファーで一人の男が寝ていた。その男に編集長のリハクが近づいて言う。
「おい、ここで寝ているなら帰れ。閉めるぞ」
「ウン、フアーッ。分かりましたよ。お疲れさんです」
 男はあくびをして起き上がる。果たして何者であろうか…。
 
 
 
編集者あとがき:
 今回、大教授ビアスをライブマンから採用したのには社会の闇を描く必要があると判断した為です。
 大体が根回しで終わっているのが今の社会で、正々堂々と門戸を開くことすら出来ないのが実態です。そこだけでも改善すればいいのに無理なTPPで過激な行動に踏み切れば、社会は大きな混乱を招くだけです。
 また、最近の盗聴器もそうですが盗撮器も凄まじい小型化が進んでいます。花瓶ていどならまだしも、ペンに偽装したカメラとは驚きです。

 
著作権者 明示
『ツバサ-RESERVoir CHRoNiCLE-』 (C)CLAMP
『科学忍者隊ガッチャマン』 (C)タツノコプロ
『アキハバラ@DEEP』 (C)石田衣良
機動新世紀ガンダムX  (C)創通・サンライズ 1996
『天才柳沢教授の生活』 (C)山下和美・講談社
『カードキャプターさくら』 (C)CLAMP
『超獣戦隊ライブマン』 (C)東映 1988-1989
『XXXHOLiC』 (C)CLAMP
仮面ライダーカブト (C)原作 石ノ森章太郎、 テレビ朝日、東映、ASATSU-DK 2006-2007
『味いちもんめ』 (C)原作:あべ善太、作画:倉田よしみ
『涼宮ハルヒシリーズ』 (C)谷川流・角川書店 2003-
『美味しんぼ』 (C)原作:雁屋哲、作画:花咲アキラ 小学館 1983-
爆竜戦隊アバレンジャー (C)原作 八手三郎、脚本 荒川稔久 他 テレビ朝日・東映・東映エージェンシー 2003 - 2004
『笑ゥせえるすまん』:(C)藤子不二雄A  中央公論社  1990
 

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