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現代社会をシミュレーションした小説を書いております。
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「あの男、どこまで卑劣なことをしでかすのだ!」
「落ち着け、これは序章だ。私はまだまだあの男は何か企んでいるような気がする」
 朽木白哉はリュウオーンをなだめる。
「それにカイオウはしっかり反撃の準備を始めている。案ずるな」
「そうであった…」
「お前が俺達とカイオウのつなぎなんだ、切れて大事になっては困るぜ」
「そういえば、ラオウの息子だがどうなった?」
 白哉は不安そうに聞く、ラオウには愛人のトウと一人息子のリュウがいる、その二人が戦渦に巻き込まれることをラオウは何よりも恐れていたのだ。
「小淵沢というリゾート地に避難させているそうです。どこかまでは分かりかねますが」
「さすがにラオウだ」

「ふん…、やはり俺も想像した事態になったな」
 浜松の工場跡地…。一応隠れ蓑として商業施設の建設現場にした場所がカイオウら地下組織『チューブ』の基地だった。
「カイオウ、お前はどう思うのだ」
「喪黒は首相になったらまず最初に俺達壬生国軍を解散させると踏んでいたので、朽木派と和解した際に武器の横流しで一定の量を確保した。後はお前らメンバーがどう動くかだ」
 背広姿の男がカイオウと話す、この男は姿三十郎といい、科学アカデミアに2年前までつとめていた科学者であるのだが壬生大学に誘われて教授になっていたのだ。
「教授、全員そろいました」
「よし、向かおう」
 青年に声を掛けるとカイオウは厳しい表情になった。そのまま姿と青年と一緒に部屋へと向かう。そこにそろう若者達。
「俺がカイオウだ。今回喪黒が汚い手法で政権を奪ってしまい、壬生国はこのままではアメリカの植民地になってしまうことは間違いない。うぬらの力を貸してもらいたい、頼む!」
「とんでもありません、カイオウ先生!俺達は今回の選挙で周囲が圧力に苦しんでいたことを聞かされて何とかしなければならないと思っていました!」
「そうですよ、我々はこの国に生まれ育った者達です、国王陛下がこのままでは危ないのは間違いありません」
「そうだったな…、陛下も懸念を示されておられたな…」
 海津タケルに言われてカイオウは苦笑した。黒い服装にショートヘアの女性が立ち上がる。
「カイオウ様、我々も義勇兵を独自に集めております、詳しくはフーミンから説明があります」
「イガム様から紹介を戴きましたフーミンです」
 紫色のジャージをまとった女性が厳しい表情で話す。
「すでに今回無理矢理投票させられた人達がカイオウ先生の義父である浜松の本間自動車の経営陣の協力を得てリブゲート関連企業の従業員を勧誘し始めています。彼らは組織形成で動いています。アングラー組織は確実にできております」
「分かった、だが水一つ漏らさず確実に動け」
「裏切り者がいたら始末しますぜ」
 緑色のジャージをまとった男が手元の竹刀をぶんぶんと振るう。
「バラバ、そこまでするな。今のところ俺達が不満を聞いているから裏切り者はいないじゃないか」
「そうだったな、ケンタの言うとおりだった」
「バラバは本当にこの国を愛しているんだな」
「母子家庭だった俺達を前陛下は受け入れて育ててくれた、国王陛下は俺を弟のようにかわいがってくれた、この国に何一つ不平不満はない、あるとしたら余計なことをしでかす喪黒だ」
 銀色のジャージをまとった男が頷く、彼はキロスといい、彼が義勇兵に策略を教えているのだ。
「カイオウ先生、後もう一人この場に誘いたい男がいるんです」
「うぬは」
「広田アキラといいます、今年で16歳になります。リセとセトと一緒に参加しています」
「そうか…、でその男は?」
「彼はごまばかりすっているんですけどいざという時にはうまい策略を立てることができます。俺は彼から将棋を習っているんですけどいつもどうやっても勝てないんです」
「将棋だけでは策略家とは言い難いわよ」
 永田ハルカ、前田モモコが言う。だがアキラは続ける。
「キロスは現場でタケルの補佐を務めたり指揮を執るのはうまい、外交に強い人が今回チューブにいます、でも軍事全体を押さえる策略家が必要なのは確かです」
「そこまで気を遣うな、アキラ。俺は好きでやっているんだ」
 呆れ気味のキロス。だが、彼もアキラが気を遣っていることを知っていた。
「うぬの言うとおりだな、よし、俺がその男と話してみよう。その男について聞かせてくれ」
「鬼丸光介といいます、ウルフライといいいつもごまをするんですが、鋭い観察眼と予測に長けています」
「あの男か…!分かった、うぬの言うとおり、誘いを掛けよう。葉隠、彼と接触してくれ」
「引き受けましょう、私がボルト大佐とライ少佐と接触した折りに行きましょう」
 葉隠朧は頷く、カイオウ率いるチューブの外交部門として、カイオウの参謀役を引き受けることになった。後にチューブは壬生改革党となるのだが、これはまた別の話になる。


 場所は変わって…ここは森という地名の町…。
 ここに教育法人『逆十字会』が設立した中高一貫校『私立鳳学園』があった。

『理事会よりお呼び出しのお知らせを致します。高等部一年D組葉隠覚悟君、理事長がお呼びです。至急、理事長室まで来て下さい。繰り返します…』
「おい覚悟、また君か?」
 ここは鳳学園高等部一年D組の教室。ピンクのストレートロングヘアーで男装をした女子生徒、天上ウテナがいかにも生真面目で眼鏡をかけた男子生徒に声をかける。その声をかけられた生徒こそ、校内放送で呼ばれた葉隠覚悟である。
「……」
 覚悟は無言で自分の席から立ち上がり、教室を出ようとする。そこへ
「葉隠君、また理事長から?」
と頭の後ろを赤いリボンで結んだ女子生徒、堀江罪子が声をかける。彼女は覚悟とはクラスメートであり、恋人同士でもある。
「…はい」
 ここでも覚悟は余計な事を一切喋らない。短く返事をしただけだ。
「君ってホンットに無口だなあ。どうしたらそうなるんだ?」
「ウテナさん!」
「よお葉隠、また呼ばれたってなあ」
 覚悟の悪友である覇岡大(ひろし)も彼に声をかける。が
「すまないが急ぐので失礼する。ウテナ、君からの問いへの答えだがこれは父上の教育の賜物だ」
と覚悟は無表情に答えると教室を出て行った。
「ふ~ん、父親のねぇ…。アイツの父親ってきっと固い性格なんだろうなあ…」
「そりゃあ、この学園の前理事長だからな」
 ウテナの一言に覇岡が答える。因みにその覚悟の父、朧は彼の祖父(覚悟にとっては曽祖父)が第二次世界大戦中、科学部隊『葉隠瞬殺無音部隊』を率いて蛮行や非道な人体実験を行った事を大いに恥じ、祖父のような人間を生み出さないことを心に誓って教育のことで同調した不動GENと共に教育法人『逆十字会』を設立、その初代理事長となり『鳳学園』を開校した。今は理事長の座を不動に譲り、壬生国正国会議員となって教育問題に取り組んでいた…。

「あ、葉隠先輩」
 理事長室に向かう途中の廊下で覚悟は中等部二年の夢原のぞみに声をかけられる。
「また理事長室ですかぁ?」
「…そうだ」
「よく呼ばれますねえ、何かやってらっしゃるんですかぁ?」
「……」
「あっ、分かった!ひょっとして学園祭について会議を行っているとか?」
「違うな、だったらそれは生徒会がやっている」
「あ、そっかあ…。じゃあ…」
とのぞみが何か言おうとした時、
「あっ、いたいた。のぞみ~っ!!アンタ次の授業に遅れるわよ!次は理科なんだから急ぐわよ理科室へ!!ただでさえガリレオ先生は遅刻に厳しいんだから!!」
と彼女のクラスメートであり、親友でもある夏木りんが彼女の腕を掴んで引っ張っていく。
「えっ、ちょ、ちょっと待っ…あ~んっ!!りんちゃんの意地悪ぅ~っ!!」
とのぞみが手をバタつかせながら叫ぶもりんは彼女の声に耳を貸さずに理科室へ連れて行った。その光景を中等部一年の春日野うららが苦笑しながら眺めていた。一方覚悟も同じ光景を見届けるとスタスタとその場から歩いて去った。

(あら?)
 中等部三年の秋本こまちもまた、覚悟が理事長室に向かうのを見ていた一人である。
「どうしたの?こまち」
 こまちのクラスメートであり、中等部生徒会長の水無月かれんが近づき、彼女に話しかける。
「かれん、あれ」
 こまちが覚悟を指差す。
「葉隠先輩じゃない。そういえばまた理事長から呼び出しがあったようだけど…。」
「葉隠先輩だけじゃないわ、高等部の人も何人か呼ばれてるし…あ、かれん、幹君を知ってる?」
 彼女が言った『幹君』とは中等部二年で秀才の薫幹のことである。
「ああ、あの女子に人気のある彼ね。そういえば、彼も理事長室に呼ばれてるわね」
「一体理事長室で何をしているのかしら?高等部の生徒会の人も呼ばれたし…生徒会に関係があるのなら、かれんも呼ばれるはずなのに…」
「さあ…」
 結局、二人には分からずじまいだった…。

コンコン
「失礼します、葉隠覚悟入ります」
ガチャ
 覚悟が理事長室に入ると主だった教師や生徒が何名かいた。その中には彼の兄である散(はらら)の姿もあった。
「どうやら、全員来たようだな」
「では始めましょうか、理事長」
 現理事長、不動GENに副理事長である知久が促す。
「さて、君達を呼ぶのはこれで二度目になるか…。君達を優秀な生徒と見込んで一人独りに話してきたが…」
と不動は一度言葉をとぎる。
「理事長、どうされました?」
と学園長である鳳暁生(あきお)、が顔を伺う。彼はオーブ王立大学卒であのギルバート・デュランダルの国際的な感覚に影響を受け、壬生国に戻ってからも国内の学校とアメリカの中堅私立大学などとの国際交流を築きたいが為に壬生国立大学の学長の座を密かに狙っていた。だが、喪黒政権が誕生してからは壬生国立大学長には大河原という喪黒シンパの男が就任した為、内心憤りを感じてこの計画に積極的に参加している。
「いや、すまない。まだこの計画に躊躇いがあるのでな…」
「理事長!」
「分かっている、弱気は禁物だったな」
「なら最初からこんな計画やらなければいいではないですか」
 高等部三年の有栖川樹璃が口を尖らせる。彼女はフェンシング部の部長を務めている。
「フッ、相変わらず一言多いな。理事長とてこの学園の設立方針とこの計画との矛盾は既に承知し、悩んだ末にGOサインを出しているんだ。躊躇いが残るのも無理は無い」
と言葉を返すのは高等部生徒会長である桐生冬芽。彼は剣道部の部長も兼ねている。
「そんなに嫌なら手を引いてもいいんだぞ、有栖川。お前一人いなくても十分だがな」
と冷えた言葉を言うのは高等部生徒会副会長兼剣道部主将を務める西園寺莢一。彼は性格が粗暴であるがためにこういう言葉を男女関わらず平気で言う。
「何だと!?」
と樹璃が莢一を睨む。
「やめておけ二人とも。つまらぬ言い合いなぞ美しくないぞ」
と覚悟の兄、散が二人に笑顔を向けながら嗜める。彼は高等部生徒会の書記と美術部部長を務めている。尚、散は弟の覚悟と共に父である朧から曽祖父:四郎が開発した格闘技『零式防衛術』を学び、身につけた。その事を聞きつけた冬芽から剣道部に誘われたこともあったが「戦いにも美しさが必要だ」という彼独自の美学でそれを断り、美術部に入ったという逸話を持つ。
「…」
「…フン!!」
 窘められた樹璃は黙り、莢一はあらぬ方向に顔を背けた。
「フッ、他愛も無い…」
「おいおい散、あんまり西園寺を苛めてやるな。ただでさえ、お前からいつも窘められているんだからな」
と散に笑顔を向けながら言う冬芽。
「はて、私は苛めているつもりはないが?」
「あのう、そろそろ本題に戻っていただけないでしょうか」
と高等部一年の 紅麗花(ホアン・リーファ)が言う。彼女はサイコメトラーで学力も優秀だった故に呼ばれた。尚、覚悟とは別のクラスになる。
「そうだったな。さて君達には前に話したとおり、静岡に行ってもらうことになった。表向きは国会の研修ということになるが…」
と不動が続きを言おうとした時、
「理事長!!」
と突然、葉隠兄弟が大声で制す。
「!?どうした、二人とも」
 その声に驚く学園教頭の影成。
「静かに」
と覚悟はそう言って注意するとドアの前に音を立てずに近づき、ドアを勢いよく外へ開けた。
「!!」
「やばっ!!」
 その横にはウテナともう一人、金髪の女子生徒が聞き耳を立てていた。

「ウテナ…」
「シルヴィー!!何故お前がここに!?」
 呼ばれた生徒の一人、高等部一年のシリウス・ド・アリシアは驚きの声を上げた。何故なら妹である中等部二年生のシルヴィアが盗み聞きしていたからだ。
「…だって…お兄様の役に立ちたかったから…気になって…」
「フッ、そうではないだろう。もしかしてコイツにそそのかされたか?」
と散がシルヴィアに言う。その彼は一人の男子生徒の襟を掴んでいた。
「アポロ!!お前もか!!」
 シリウスが叫ぶ。そう、散に襟を掴まれている生徒こそシルヴィアのクラスメートであるアポロであった。
「ちぇっ、気づかれないと思って隠れたつもりだったけどよ」
「それにしても野生児のことはあるな、お前。窓側から忍んで聞いてたとは」
と感心しながら言う散。アポロは大胆にもこの理事長室と同じ階にあった視聴覚室の窓から踊り場をつたって忍び入ったのだった。
「理事長…」
「困ったことになった…」
と呆れる不動以下教師一堂。
「なあ、一体何の集まりだ?シリウスといい、この連中といい」
「アポロ!!お兄様にタメ口で言わないでよ!!それにここにいる人達は上級生が大半よ!!」
とシルヴィアが叫ぶ。
「静かにしてもらおうか、二人とも」
と注意する不動。黙りこくる二人…。
「さて、天上君。君は何故ここに来た?」
と不動に尋ねられたウテナは
「いやあ…そのう…覚悟が何度もここに呼ばれているのがどうしても気になっちゃって…それで…」
と後ろめたい表情をしながら答える。
「…ふう」
とため息をつく覚悟。
「理事長、いかが致しましょうか?この三人をこのまま教室に帰すわけにもいきませんし…」
「ならばいっそ今回の計画に加えたらいかがですか?」
とその場の全員に提案する冬芽。
「彼らをかね!?」
「どうせ秘密裏に事は行われるのですから帰すわけにいかないのは当然ではないですか。それにこの三人も知力はともかくとしてそれぞれ身体能力には秀でています。参加できる資格はあるのではないですか」
 ウテナは年齢からして中等部なのだがスポーツの成績が優秀だった為、この学園の飛び級制度で一足早く高等部に入れた。アポロは野生児の面が強く出ており、視力は5.0で鼻と勘が鋭い。シルヴィアの場合は女子の平均以上の体力と怪力を持っている。
「私も冬芽に同意する。彼らとて今回の計画に参加する事によって彼らの美しき能力が発揮させることであろう」
と散。
「お前は何事にも『美』を当てはめるのだな」
「当然、何事も優雅でなくては意味がない。さて他の方々は?」
と散が尋ねる。
「…しかたがあるまい、いいだろう」
「兄上がそう言われるのであれば私は何も言いません」
「…勝手にしろ、その代わり俺は厳しく指導するぞ」
「西園寺、お前の場合は粗暴さを言い換えただけだろう。今回はお前がリーダーとはいえその粗暴さをある程度抑えなければリーダーとして美しくないぞ」
「何とでも言え!」
「聞いての通りだ、三人とも。先生方もよろしいですかな」
「…分かった、許可する」
と不動以下教師一堂も冬芽の案を受けることにした。
「お兄様!」
「よかったな、 シルヴィー」
「よっしゃあ!!」
「ありがとうございます!」
 喜ぶウテナ、アポロ、シルヴィア。が
「だが君達に言っておく。今回の事は秘密裏に行われるものである。その為、ここでの事またはこれから我々がやる事一切を他人に口外しないように。いいね」
と不動に釘を刺された。

 翌日…。
「カイオウ先生、私立鳳学園より特別研修会の生徒を連れてまいりました」
「おお、よくぞ来た」
 ラオウの私邸、『黒王邸』でラオウ・カイオウ兄弟は引率の教師、ジャン・ジェローム・ジョルジュと生徒達とを引見した。
「俺がカイオウだ。諸君等は不動理事長から聞いての通り、我が地下組織の一員として活躍しもらうことになる」
「表向きは我が国の国会研修という形ですね?」
と覚悟が言う。
「おお、うぬが葉隠の倅か。そうだ、表向きはということになる。尚、一部の者にはこの黒王邸で書生となってもらう」
「何か面白そうなことになってきたな、アポロ」
「ホントだよな」
 ウテナとアポロは集団の後方でひそひそと話し合う。
「ではそれぞれの役割分担を伝える。この分担に従って行動してもらいたい」
とジョルジュが言った。


「首相陛下、アメリカ軍の進駐に続いて今度は増税路線ですな」
「ホッホッホ、その通りです。消費税を25%もあげてしまい、法人税も所得税もしっかり取る。我が国の税収入は一気に改善できます」
「だが、補助金でキャッシュバックする仕組み。我々ハヤタには痛くも痒くもありません」
 喪黒に同席しているのはハヤタ自動車社長の早田敬一である。この男が喪黒に賄賂を贈り、増税路線に賛成する代わり、補助金という形で税金のキャッシュバックをはかることで合意していた。しかも、将来はあの広東人民共和国に大規模な工場を造り移して日本の従業員は解雇する計画だ。ここは大松百貨店浜松店…。
「そして次はエズフィト並のタックスヘイブンですな」
「その通りです。早田社長、あなたにもしっかり稼いでいただきますよ」
「今日は何をするつもりでしょう、首相陛下」
「消費税前の駆け込み需要購入です。宝石ですよぉ」
「喪黒首相、今度の増税提案の前に駆け込み需要で買い占めるんですな」
「その通りです、しかも他国に特別価格で売れば私はぼろもうけです」
 早田に喪黒はにやにやと笑う。店長はにこにこ笑っている、だが店長の側で接客支援に入っている男は愛想笑いをしながら時計を見る。
「ホーッホッホッホ、さあ、店内の宝石をありったけ買いますよ。その代わり安くしてくださいねぇ」
 青ざめる店長に喪黒が大金をばらっと見せつける。これに群がる店員達。
「宝石は店内でおおよそ10億円ほどありますが…」
「この店ごと買いましょう、ホッホッホ…」
 6人の店員達が現金1000万円の束に飛びつく、だがその光景をさめた表情で見ていた人達がいた。すでに宝石はボーナス分で10億8000万円、そして夢魔子が前もって選んだブルーサファイアのネックレスには50万円と大振る舞いだ。
 店員は店を閉店処理する。そして店を閉めるとSPに宝石を搬出するよう頼む。開店から2時間もしないのにこんな事では信頼はない。
「おかしいじゃないですか、なぜ店を閉めるんですか」
「お客様、開店休業になってしまいました、申し訳ありません」
 店員が頭を下げる。他のお客も不満そうな表情だ。その中で詫び続ける従業員の中村美緒。
 だが彼女がもう一つの顔を持つとは誰も知らなかった、そう、彼女は閉店処理とクレーム処理を終えるとトイレに駆け込む、そして用を足すように見せかけて音消しをわざと使いながらスマートフォンで電話を始める。ちなみにスマートフォンは小声でも十分音が伝わる。
「もしもし、タケル?あの人が来ていて、店中の宝石を買い叩いたのよ。それで次は消費税を食料品も含めて20%も値上げするみたいよ…。…、分かったわ、イガムお姉様にも伝えるわよ」
 一方、同じようなことを伝えた従業員がもう一人いた。その人物の場合は直接ではなく、隠し撮りして録画した会話内容と暗号を使ったメール相手に送っていた。
「これでよし」
 そう、その従業員こそGINの特別潜入捜査チーム『仕事人』のメンバーである村上秀夫であった
。ちなみにこのスマートフォンはGINがロシアの軍技術研究所を買収して開発したものだと言うことは誰も分からない。彼は密かに憤っていた。
-------あの男め、どこまでも破廉恥なことを…!!

「よし、これでいいだろう。試しに弾いてみてくれ」
「は~い」
 場所は変わって、川崎にあるのだめと千秋のマンションの一室。二人は顔なじみの調律師にピアノの調律をしてもらっていた。調律師の名は山田勇次、絶対音感の持ち主で腕はかなりのものだ。しかしそれは表の顔、前にも説明したが(作者註:『真実の礎』第31話参照)実はGIN直属の潜入捜査チーム『仕事人』のメンバーでもある。
「さすが山田さんですぅ。音律が絶好調ですぅ」
「うん、いい音色だ。俺の想像を掻き立てさせる」
「そうか、それはよかった。それにしてもよかったな、川崎でのコンサートができるようになって」
「ええ、会場がリブゲートに買い叩かれてしまいましたが高野さんのおかげで別の会場を用意していただきました」
「ホントですぅ、大成功ですよ」
「うん、渡君もあの件を聞いたとき肩を落としてがそれを聞いたらほっとして君と同じことを言っていたよ」
 山田の言う『渡君』とは彼の知り合いであり、バイオリン製作に情熱を燃やす少年、紅渡のことである。因みに渡の父親である音弥はバイオリン製作の名手であり、親子共々名職人である。
 ピンポ~ン
玄関からチャイムが鳴る。
「あ、高野さんだ」
「来てくれたか、俺が迎えよう」
と言って千秋は玄関に行き、部屋に広志を向かえる。
「ああ、これは山田さん。いらっしゃってたのか」
「どうもこんにちは。お世話になります」
「今、山田さんに調律してもらったところなんですぅ」
「そうなのか。うん、いい音色だ」
「高野さんも先輩と同じこと言ってますね」
「ハハハ、そうか」
 広志は頭を掻きながら笑うと勇次に顔を向け、
「山田さん、せっかくだから俺の知り合いの所のもお願いできますか」
と勇次に頼む。
「いいですよ、もうこのピアノの調律は終わりましたから」
と快く承諾する勇次。
「あれ?高野さん、知り合いにピアノ持っている人いるんですかぁ?」
「ああ、エバンズ卿を知っているだろ?あの人だよ」
「あ、な~るほどね」
「では山田さん、代金を」
と千秋は言って勇次に調律の代金を手渡す。
「確かに、では領収証を書きますので」
と勇次は鞄から領収証を取り出すと代金と千秋の名前を書いて手渡す。
「それでは私はこれで」
「ありがとうございますぅ、山田さん。またお願いしますねぇ」
 勇次と広志は千秋・のだめの部屋を出る。二人は広志の部屋に向かい、中に入っていった。二人はリビングのソファに座る。
「さて、山田さん。報告は中村さんから一応聞いているけど詳細を聞こうか」
「はい、CEO」
 勇次は『仕事人』としての顔に変わる。

「奴らの不正のからくりはどうだ」
「圧力を受けた被害者達がすでに証人になって証拠は集まってます、彼らは全員CEOのご指示で昨日客船に乗せて避難させました」
「上出来だ、海外旅行を装っておいたのはさすがだ。だがパスポート発行には骨が折れたがね」
 『仕事人』チームにはリブゲートと壬生国への潜入調査以外にもう一つの任務がある、それが勇次が報告した喪黒一派から被害を受けた人々を探して証拠を見つけ、更には保護の為に彼らを安全な場所に密かに避難させることである。この提案を行ったのは広志と同じくスコットランド王室から支援を受けているGIN・CEO補佐でもある財前丈太郎であることは言うまでもない。廃船寸前の高級客船を買い取り、広志を通じてゴリラの黒崎高志が調達した休眠会社を使い旅行会社であるかのように装って三日前に高級客船を壬生国・清水港に入港させてそのまま証人全てを避難させたのだった。今頃は大西洋で事情聴取を受けているはずだ。
 ピンポ~ン
こちらでも玄関からチャイムが鳴る。
「CEO」
「大丈夫だ、久利生さんだろう。俺が出る」
と広志は玄関に向かい、客を中に入れた。相手は広志の言ったとおり、久利生公平だった。
「おっ、山田さんじゃないですか」
「やあ、どうも久利生さん。どうです?野上君の研修の方は」
「ああ、あいつか…あいつは事務職がお似合いみたいだな」
野上とは野上良太郎のことである。というのは桜井侑斗らがGINに加入した際に野上姉弟も仲間ごとGINに加入させた為なのだ。
「なるほど。よし、そこでいこう。そこから徐々に実務をたたき込むんだ」
と公平の言葉に広志が同意した時である、。美紅が顔を真っ赤にして駆け込む。怒りをあらわにするのも珍しい。
「大変よ、ヒロ!テレビを見て!!」

「CEO、これは一体…」
「沖縄のタックスヘイブンを併合して何を考えているのだ、アメリカは…」
 勇次の話に広志は厳しい表情だ、というのはアメリカが日本連合共和国の一国で市国であるエズフィトを侵略したのだ。しかも、高等政務官などの政権幹部は自宅監禁、アメリカ軍の選んだ幹部がエズフィトの国家運営を担うと言うことも明らかになった。液晶プロジェクターから流れる映像に彼らは愕然としていた。
「連中は大きなミスを犯したな、ヒロ」
「ああ…、力でねじ伏せようとすればするほど反発を招くだけだ」 
「でも、どうして…」
 「連中の目的ははっきりしている。タックスヘイブンに移るアメリカ企業の税収を自分の手元に納めんとしているのだろう」
 「喪黒の野郎、とんでもないこと言い出しかねないだろうな…」
 ため息をつく公平。その通りになるのは目に見えていた…。

「何!?アメリカが…一体何を考えているのだ!!」
 同じころ、地下組織の本部でカイオウもまたアメリカのエズフィト侵攻の一報を聞いた。
「つぐみ君が傍受したところによりますとエズフィトが十年前のテロ戦争であの『シャドーアライアンス』を影で支援した故にアメリカが制裁として攻撃を開始したそうです」
とジョルジュが報告する。
「馬鹿な!!十年前の一件はエズフィトとは何の関係もなかったはずだ!!何故今頃になってそんな事を持ち出す!?」
と憤るイガム。
「恐らく、エズフィトの経済発展に嫉妬したのであろう。かの都市はタックスヘブンであるからな、優秀な企業がそこへ移転してくる、世界各地からな」
「当然、人材も資産もそこへ来る…本国からの流出を防ぐのが目的か…愚かな」
とカイオウの言葉に続いて組織のメンバーの一人、ヒュンケルが言う。
「いや、エズフィトの資産を丸ごと懐に収めるつもりだったりして」
と同じくメンバーの一人であるポップがニヤッと笑いながら言う。
「ほう、うぬにしては面白い考えを言うではないか。少しは想像力を働かせたな」
「な…そりゃないですよ。まるで俺が想像力ないような言い方じゃないですか」
 ポップはカイオウの揶揄とも褒め言葉ともつかぬ一言に反論する。
「何もむきになることはないさ。一応褒めているのだからな」
とイガムが慰める。
「でいかがいたします?」
「うむ、とは言っても今の我々は表立って動くことはできん。引き続き、情報を収集するしかあるまい」
「必要とあらば、ハルカとフーミンをエズフィトに向かわせてみてはいかがでしょうか?」
と提案するイガム。彼女が挙げた二人はそれぞれ忍者の家系で育っている。
「うむ、現地へ偵察か…よかろう、検討してみるよう」
「ハッ」
 その時、
「イガム!まずいことになった、美緒が怪しまれだしたぞ!」
とタケルが駆け込んできた。
「何っ!?イアルが!?さっきの連絡が怪しまれたのか!!?」
「ああ、だが安心してくれ。同じ店員に取り繕ってもらってうまくかわせたそうだ」
「そうか…」
「だがその店員、美緒が正したところによるとどうも他の組織の一員らしい」
「それで?」
「今、その店員の組織に案内してもらっているそうだ」
「何だと!?大丈夫なんだろうな?」
「ああ、俺も無茶だと思ってやめさせようとしたんだが…」
「聞き入れなかったのか?」
「ああ、『大丈夫、その組織も私達と同じ目的で動いている可能性があるからうまくいけば味方になってくれるかもしれないから話をつけてみる。』と押し切られた…」
「な…カイオウ様、いかがいたしましょうか?」
 イガムは困惑した表情でカイオウに指示を仰ぐ。
「ぬうう…イアルを信じるしかあるまい。うまくいけば彼女を呼び戻そう…誰かを迎えに寄こした方が良いな」
「ならばフーミンを浜松に立ち寄らせますか?」
「うむ…そうだ、確かアポロとかいう奴がおったな。そやつを同伴させよ」
「お待ちください!あの生徒は野生丸出しですよ、密かに連れ戻すということは無理ではありませんか!?」
とジョルジュが懸念する。
「いや、その野生の勘に賭けてみよう」
「…分かりました」

「馬鹿野郎!!何でその女に素性を明かしたばかりか俺達の所に連れてきた!!?」
 同じ頃、浜松にある大仏鉄男のカイロプラクティック医院で中村吉之助はイアルを連れてきた秀夫に一喝を浴びせていた。
「…申し訳ない。この女が喪黒のSPに怪しまれ出して、助け舟を出したまではよかったのだが…」
「何が『よかったのだが』だ!問い詰められてバラしまってるじゃねえか!!それで俺達まで奴等にバレちまったらどうする!?」
「待って!!この人を責めないで!!口外ならしないわ、だから…」
とイアルは叱責されている秀夫を庇う。
「…悪いけどなぁ、お嬢さん。そうはいかないんだよ、俺達は…」
「聞いたわ。貴方達、GINの人でしょう!?リブゲートを内部調査していることも聞きました」
「…」
「お願いです!私達の組織と手を組んでもらえませんか!?私達は喪黒の暴走を止め、壬生国を正常な状態に戻したいんです!!」
 しかしイアルの懇願に中村は
「そいつは困ったなあ…そいつから聞いていると思うがねぇ…俺達はあくまで公的機関だ。公明正大がモットーなんでね、手を組むことはできんよ」
と頭を掻きながら困った顔をして断る。
「ならばCEOに…」
「秀!!お前は黙ってろ!!」
「いえ、言わせて下さい!彼女の組織のリーダーはあのカイオウ氏なんです。CEOはカイオウ氏とは面識があるはず」
「おい秀、吉っつぁんが言っただろ。俺達は公的機関だって」
「ですが…」
「秀、いい加減にしないと今回の件から外れてもらうことになるぞ」
「待って、なら私から連絡を取ってみる。カイオウ先生と貴方がたのCEOが話し合えばいいんでしょう?」
とイアルが提案する。
「…どうする吉っつぁん?」
「…しょうがねえなあ、とにかくカイオウ氏には俺からも事情を話そう。それでCEOの指示を仰ぐしかねえな…」
「いいわ、なら今すぐ連絡を取るわ」
「秀、お前の失態もCEOに報告するからな。処罰は覚悟しておけ」
と吉之助は秀夫に釘を刺した。

「そうか…分かった。代表の者と代われ」
『はい』
 イアルから電話を受けたカイオウは彼女に起こったトラブルの報告を聞いた。
『お電話代わりました、私が代表です』
「うぬが…まずは我が組織の者を救っていただいたことの礼を言わせてもらう」
『いや、とんでもございません。事情はメンバーから聞きました、ですが私の一存では…』
「うむ、そうであろう。幸いにも俺はうぬ等のCEOとは面識がある、俺から話をつけておこう」
『わかりました、私の方からもCEOに連絡させていただきますので』
「承知した、イアルよ」
『はい』
「うぬは戻って来い。迎えの者をよこす」
『リブゲートの調査はいかがいたしましょう』
「そうだな…モモコと交代させる」
『分かりました、そちらへ戻ります』

「…ええ、その事は部下から報告は聞いております。直接の協力はできませんが貴方がたに支援や情報提供ぐらいならばよろしいでしょう」
『…分かった、高野殿。我等も多くは望まぬ、その程度でも十分だ』
「ご理解していただきありがとうございます。では」
 吉之助からの報告を受けた広志はカイオウと話し合い、間接的な協力をすることを二つ返事で承諾した。
「CEO、ホンマによろしいんでっか?これで」
と陣内隆一が不安な面持ちで尋ねる。
「君の言いたいことは分かるよ、確かに我々は公的機関だ、でも今回は目的が同じだ。無論、表立った協力はしない。それで咎められるようだったら俺が全責任をとる」
「そんな軽々しく言ってはあきまへん!CEOあってのGINですから…」
「ありがとう、でも万が一の時のことを言っているから」
「ならいいですが…ところで中村はんから村上に処罰を下してもらいたいと言ってきておりますがどないします?」
「うん…今回の件は人ひとりを助けているからなぁ…とはいえ素性を明かしてしまっているし…よし、村上には別の任務を与えて九州連合に行ってもらおう。ただし、これは処罰ではなく任務変更という形で伝える」
「CEOがそれでええのならかまいまへん」
「この変更は俺が直接伝えよう。彼の代わりは中村さんに任せることにする」

「…俺が九州へ」
「そうだ、エズフィトがアメリカに侵攻されたことは知ってるだろ。直接表だった情報収集はできんので鹿児島で情報を仕入れつつ、連合の動きを探れとの指示だ」
「それが俺への処罰ですか…」
と秀夫は顔を曇らせる。
「違う、あくまで任務変更だ。CEOが言ってたぞ、『今回の事は任務逸脱だが人一人といえども危機を救ったことには変わりがない。その優しさは美点だが与えた任務には適さない』とな。だから九州へ飛ぶのだ」
「俺はこの任務に適していないと…やはり処罰なのですね…」
「違う、適していないだけだ。表家業の宝石店に辞表を出して任務に就け」
「…分かりました」
 秀夫は了解したが顔はまだ曇らせたままだった。
「秀、CEOはこうも言ってたぞ『もしこの変更を処罰だと思っているのなら任務を果たせ。それで『仕事人』にもGINにも自分が必要ないなどと考えるな。お前に適したところならいくらでもある、それだけは心に刻み付けろ』とな。この一言はお前に念入りに伝えておいてくれとCEOから言われた」
「…はい」
「分かったら準備を整えて行け、また元の任務に戻れるさ」
と吉之助は笑顔を秀夫に向ける。
「はい、では失礼します」
 秀夫は一礼すると出て行った。
「さて吉っつぁん、秀の代わりはどうする?」
「そうだなあ…関西に行ってる小五郎に一人まわしてもらうしかねえかな…涼次か源太…あるいは…」
 吉之助は腕を組んで考える、尚『小五郎』とは『仕事人』のメンバーの一人、渡辺小五郎のことであり、 『涼次』と『源太』は彼の下で働いている松岡涼次と大倉源太のことである。
「吉っつぁん、竜次はどうだい?」
「おお、それは思いつかんかったな。あいつは…確か東京だったな…よし、竜次を呼んで小五郎のところから一人、関東連合に行ってもらおうか」
 吉之助は組んでいた腕を解いて決断した。因みに『竜次』とは同じメンバーの一人である京本 竜次のことであり、表向きは和式の雑貨屋を営んでいる。


「首相、この決議は大きな失策になりますよ!」
 公平透明党の不破俊一議員が迫る、だが喪黒は平然としている。
 「アメリカとの経済圏を強化することで、我が壬生国も発展します。全権委任ということで…」
 「そんな事をしたら、ナチスドイツの二の舞になります、我が国は迷走し、破滅する事は必至です」
 「ホッホッホ…、いいじゃないですか、私達が強くなればそれで結構じゃないですか」
 喪黒の手元には壬生国・アメリカ連合友好条約の原案のプリントがあった、その内容は壬生国にアメリカ軍を常駐させてしかもその費用は全部壬生国が丸抱えするという内容だ。これに対して反発する声が多かったのだ。そのためにじゃまなのが壬生国軍だったのだ。その他にもアメリカ人なら無条件で国籍をとれるようにする、アメリカの金融機関が無条件で参入できるようにするなどしていた。これも大きな反感を買っていた。
 だが喪黒チルドレンで周囲を固めている喪黒には痛くも痒くもない、議会で圧倒的多数による可決は必至だ。選挙民も真っ青になる暴走政治の始まりだった。
 「絶対に失敗しますよ、アメリカは国力がなめられませんよ」
 不破が警告する、だが今の喪黒は平然としていた。それも無理はない、関東連合との税制共通化政策、そして米国との友好条約を同時に締結する事が決まったのだ。エズフィトへの侵略を支持する決議案も上程されており、賛成する事は間違いない。
 だが公平透明党の穏健派には危険性を感じるものだった。やがてその懸念は大きな危機になって襲いかかるとは予想だにしなかった。


その頃、小渕沢…。牧場の一角では…。
 「よし、剣星号突撃だぁ!」
 小さな少年が少女を背中に乗せて走り出す。
 「ケンちゃん、早いよ!」
 「じゃあ、ヨナちゃん、スピード落とすよ」
 思わず男女が写真を撮る。二人は牧場のオーナーである城戸沙織とその義兄弟に当たる星矢である。城戸は東西銀行の大株主の一人で、松坂征四郎とは父親を通じて知り合いに当たる。そして少年の名前は仲田剣星といい、剣星の背中に乗っているのは李ヨナという。二人は同じ日に生まれた事を今日たまたま知った。
 剣星の祖父はあの松坂征四郎である。征四郎の知り合いであった城戸光政が病死した際に沙織の後見人になるよう征四郎に頼み、征四郎は引き受けた経緯があった。ヨナの父忠文が征四郎の教え子の一人で、その関係もあってこの場にいたのだった。
 「リュウ、君も乗るかい?」
 「面白い、乗るよ!」
 星矢が馬みたいに四つんばいになる。リュウは彼の背中に乗る。
 だが、その光景を撮影していた人達がいた…。

 「よっしゃぁ、間違いないぜ、リーダー!」
 東西新聞社の社会部記者である松永みかげに声を掛ける青年。
 「あんたの性格って、野田君そっくりねぇ。熱血で、深く考えないで現場に飛び出すなんて…」
 「嘘はつきたくないんだ、リーダー」
 音の立たないカメラ(とはいっても隠しカメラなのだが)を使って撮影を続けるのはジェス・リブル。門矢士(かどやつかさ)とは同じジャーナリスト育成の専門学校に通う。ちなみにこのチーム、名前はディケイドといい、週刊北斗専属のスクープ記事を配信している。みかげはその彼らの監督役としてここにいるのだが、暴走気味のジェスと適当な性格の門矢に手を焼いている。その彼らと一緒になってラオウの動きを取材すべく動き始めていた。
 彼らはラオウの愛人であるトウとその息子のリュウを追いかけてここまで来ていた。彼らを追跡し、そこからラオウへの取材につなげるのがその狙いだ。
 「とは言ってもうまくいっているじゃない」
 「南さん、いつもこんな調子じゃ困ります」
 「私の変装の腕は知っているでしょ」
 みかげに話すもう一人の女性は南玲奈といい、潜入して様々なスクープを手にするフリーランスの辣腕記者で、拳志郎の後輩に当たる。ちなみに普段は福岡を拠点に取材活動をしているがチームディケイドの時には率先して参加する。
 というのは、福岡に彼女の家族がいるからだ。ちなみに四人は牧場に出入りする肥料業者を装い、牛や馬に牧草や麦わらを与えることを名目に来ていた。
 「しかし、シャベルを装ってカメラとはちゃっかりしてます」
 「それぐらいしたたかじゃないとダメよ」
 
 「君達は見慣れない顔だな」
 そこへ年老いた男が笑いながら近づいてきた。
 「今日が初めてなんです」
 「そうかね…。君達の動きに不信感はないが、このスコップは珍しい、これは…」
 「うわっ、ヤバッ!」
 思わずジェスが驚く。みかげがびっくりしてジェスの口を塞ぐ。温厚だが鋭い目でみかげに語りかける老人。
 「君達はカメラマンだろう…。そして、このスコップはうまくできているな…」
 「あなたは、松坂先生…」
 「そうじゃ。ワシか、もしくは来客の者目当てか…」
 「そうだと言ったら、どうするんですか」
 「出て行けとは言わん、だが君達の力を貸してもらえないだろうか」
 そういうなり松坂は突然土下座する。びっくりする四人。

 「というわけで、取材は安全を考えた上でNGになってしまいました、ですけど松坂先生がGINの機密に関わらない程度なら今後情報を私達に提供するという約束をしてくれました。週刊北斗には『松坂征四郎回想伝』の連載をする事も引き受けてくれました」
 「そうか…、よし、上出来だな。カメラの写真は現像に出して松坂家に渡そう。それと、取材費は俺から出すよう話しておこう。週刊北斗には塩を送ったから一石二鳥だ。今後GINにも情報を流すことが条件だが、あの機関は権力犯罪者のみに牙をむくから安心出来る。だが、一定の批判は必要なのだということを忘れるな」
 「はい!」
 山岡士郎社会部デスクがみかげに話す。渋い表情のみかげ。あの後素性がばれたのだが、松坂は許してくれた上に協力を申し出、四人は松坂家の信頼構築を得る為あの後四人で子供達相手に遊んでいたのだった。
 「しかし、なぜあの人達が…」
 「決まっている、安全面を考えたこと、そしてあの牧場は私有地だからガッチガチに管理されている、あれだけ管理が徹底されていたら誰でも安心できる」
 「デスク、写真ができました」
 「よし、今回は使わない、この写真は松坂家に俺で手渡そう」
 光夏海に士郎はねぎらう、門矢と彼女は写真部で現像担当を引き受けているが、門矢は将来は写真家になりたいと願っている。 
 「今回、松永はよく松坂先生の信頼を勝ち取ったな。これで記者として一人前だ」
 「人を傷つけるのは私の趣味ではありません、ですけど人を傷つける人を食い止めるのが私の記者としての信念です。福岡のニュースオブキューシューみたいなパパラッチが紙面を作るような新聞は嫌いです」
  だが、みかげも士郎も知らなかった、あの場にいた二人の少年少女がやがて運命の大きな渦に巻き込まれ、そして共に歩む宿命であることを…。少年はやがて世界をとどろかせる名指揮者になり、少女は世界中を魅惑するフィギュアスケート選手になろうという事も…。
 「それと、ヒロと接触をしたいといっていたがなぜだ。公私混同になりかねないのだが…」
 「実は…」
 みかげは士郎にひそひそ話を始める。これが喪黒の闇を暴くきっかけになろうとは予想だにしなかった…。


 「そうか…。『恐竜や』の暖簾を下ろす事になったのか」
 「ええ…。『千葉飛鳥亭』という名前になるんですって。それにマホロさんもイタリア料理店に自主的に修行に出ているみたい」
 仕事の合間を縫って衣類を交換しにきた広志に美紅が話す。
 「大野家が主導権を握るという事は、大変な責任を担う事になったな」
 「そうね。殺人事件を起こして世間から批判を受けて解散を決めたカルト団体の『白い兄弟』の経営していた料亭部門を買収することになったでしょ、買収額は債務を含めて4億円よ」
 「それは出資するに損はない。だが、問題は長持ちするかなんだ」
 「そうね…。その他にも従業員寮も買収したみたい…」
 「それは賢明だな。あの料亭はこれから拡大していくだろうね」
 ちなみにホテルリックからの撤退に際しては広志が事実上支援した。修行しない従業員にも広志は他の会社で働くよう勧告し、彼らも他の場所で修行する事になった。
 「そういえば、士郎さんから電話が来ていたわ」
 「そうか、分かった。今かけるよ」
 そういうと広志は電話を掛ける。
 「もしもし、高野ですが、士郎様はご在宅でしょうか…」

 
 作者あとがき: 現実の世界でも春に起きた大震災で我が国の社会・政治は更に混迷しており、纏め上げる人物が一人もいないという有様です。この話の中の壬生国のように…

今回使った作品

『スーパー戦隊』シリーズ (C)東映・東映エージェンシー  1987・2003・2006
『笑ゥせえるすまん』:(C)藤子不二雄A  中央公論社  1990
『BLEACH』:(C)久保帯人 集英社  2001
『HERO』:(C)フジテレビ 脚本:福田靖・大竹研・秦建日子・田辺満  2001
『必殺』シリーズ:(C)朝日放送・(株)松竹京都撮影所 1975・2009

『覚悟のススメ』:(C)山口貴由 秋田書店 1994
『創聖のアクエリオン』:(C)河森正治・サテライト 2005
『のだめカンタービレ』:(C)二ノ宮知子  2001
『少女革命ウテナ』:(C)さいとうちほ  1996
『YES!プリキュア5』:原作 東堂いづみ 2007
『DRAGON QUEST ダイの大冒険』: 原作 三条陸  作画 稲田浩司  1989
『内閣権力犯罪強制取締官 財前丈太郎』:(C)北芝健・渡辺保裕  2003
『美味しんぼ』:(C)雁屋哲・花咲アキラ  小学館   1983
『仮面ライダー』シリーズ:(C)石ノ森章太郎 2008・2009
『機動戦士ガンダムSEED DESTINY ASTRAY』:(C)千葉智宏・ときた洸一 角川書店                                2005
『クニミツの政(まつり)』:(C)安藤夕馬 講談社  2001
『聖闘士星矢』:(C)車田正美 集英社  1986
『ミラクル☆ガールズ』:(C)秋元奈美 講談社 1990
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